宙ぶらりんな民主主義を
耐え抜いていくこと
ポピュリズムには2つの特徴がある。
「一つは既存のエスタブリッシュメントに対して批判的であること、もう一つは民衆の声を極端なまでに絶対視すること。このように言うと民主主義と同じように思えますが、実は異なるものです。
ポピュリストは民衆の声を重んじるあまり、これまで民主主義を制度的に支えてきた司法やマスメディアなどを“人民の声を妨げるもの”として破壊し、何の制約も受けない“個の自由”を要求します」
現在ポピュリズム勢力と名指されている政党の多くは右派に分類されているが、こうした「個の自由」の要求は、本来は左派的なアジェンダである。
「私が今滞在しているドイツには、AfD(ドイツのための選択肢)という極右ポピュリズム政党が台頭していますが、例えばコロナ禍におけるロックダウンなど“個の自由”を制限する措置に対して、最も反発しているのは彼らなんです。
つまり、今日の世界は従来的な左右のイデオロギーではもはや捉え切れない、ねじれた状況にあるということです」
世界中に台頭する
ポピュリズム勢力
こうした矛盾を鋭くえぐり出しているのが、『アフター・ヨーロッパ』だ。
「これまでEUにおいては、普遍主義的でリベラルな理念のもとにヨーロッパ統合が推進されてきました。EU内における人々の移動の自由などは、まさにそうした理念のもとで実現したものですが、この自由によって貧しい国から豊かな国へとどんどん人が移動していくことで人々の間に反発が引き起こされ、排外的なポピュリズム勢力が台頭することになりました。
この本では、普遍主義の理念がはらむ矛盾によって、EUが自己解体していくプロセスが描かれています」
日本も例外ではない。『ネット右派の歴史社会学』によると、今日「ネトウヨ」と呼ばれる人たちにもポピュリズム的な要素が強くあるという。
「彼らは憲法改正、天皇中心主義などの従来の右派のトピックにはあまり関心がなく、他方で“新聞の偏向報道”や“在日外国人の特権”といったトピックには強い関心を示しています。
つまり、自分の本音を抑圧する社会への反発、現状打破の動機が強いということです」
独裁者に流されない心構え
ポピュリズム勢力が危険視されている一つの理由は、彼らが民意を後ろ盾に独裁主義へと向かいがちな点だ。
「民意が残虐行為をもたらすこともあります。例えばナチスの時代、ユダヤ人の虐殺を現場で担っていたのは、特別なイデオロギー教育を受けていない“普通のおじさん”たちでした」
『普通の人びと』は、そうした平凡な市井の人々を残虐行為へと導いたメカニズムを分析している。
「この本では、彼らが上からの圧力というよりも横からの順応圧力、つまり“仲間に嫌な仕事を押し付けられない、ならば自分の手で……”といった共同体的な責任感によって、残虐行為へと駆り立てられていったことが説明されています」
ナチスを専門に研究する田野は、閉塞感に支配されている今日の社会に、ナチス政権誕生前のワイマール時代と似た空気を感じるという。
「当時はまさに“決められない政治”の時代。議会の多数派がいないため、議論の決着がつかなかったのです。そこへ経済危機が襲ってきて民衆の不満が爆発、“決められる政治”への期待からヒトラーが台頭しました。
しかし本来、民主主義というのはなかなか決着のつかない効率の悪い政治体制であり、だからこそ、そういう状況にどこまで耐えられるのかが常に試されているとも言えます。宙ぶらりんな状態の中であくまで耐え抜いていくことが、今日のポピュリズム時代においては大事なことかもしれません」