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カンヌに見る広告の未来。人々の関係性や、行動に影響を与える広告表現とは?

劇的に変化していく世界の広告業界の潮流から国内のクリエイティブを見ると、これからの広告表現で欠かせないキーワードと様々な次世代のクリエイターが見えてきた。世界最大の広告賞『カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル』を15年前から取材する河尻亨一さんが語る。

text: Koichi Kawajiri, Rie Nishikawa

社会的課題を達成する「オーセンティック」な表現

海外の動きから解説したい。毎年、南仏カンヌで開催される『カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル』では、約2万〜3万点の作品からフィルムやデザインなど29の部門で審査、表彰が行われる。その受賞作からは、広告表現の変化だけでなく、世界の今をも感じられる。

カンヌを見る限り20世紀の過剰な欲望喚起型広告の時代は終わったことがわかる。2010年代は広告の「ソーシャル・グッド」化が進んだ。社会的課題の解決とビジネスの成長をどう両立させるかが、世界の目下の関心事だ。サステイナビリティやDE&I(多様性と公平性と包摂)、ジェンダーイコーリティ(男女共同参画)といった社会理念をブランドの根幹に据え、それを達成すべく「パーパス」(社会的存在意義)を策定する企業も増えている。

社会的課題を達成するための表現は「オーセンティック」であることが求められる。「真正性」と訳される言葉だが、要するに企業の本音・本気・本質を宿す施策であることが重要だ。映像表現もしかり。今やCGでいくらでもきれいな映像を作れるのに、あえて実写で生々しいリアルを追求することも、ある種のオーセンティシティだろう。情報量が多く、フェイクニュースが跋扈(ばっこ)する時代に説得力を持つ表現には真実味や本物感が必要だ。

そんな時代の反映か、広告の映像分野で圧倒的に人気なのがフランスのディレクター集団MEGAFORCE。アートやグラフィック、写真、広告といった経歴を持つ4名によるユニットで、チーム名は立っているが個人名はわからず、誰が何を担当しているのかもわからない。〈BURBERRY〉や〈LACOSTE〉などSFであり、ドキュメンタリーでもあるような“シュール・リアル”な映像制作が持ち味だ。

一方、今の広告は、映像キャンペーンが主流ではなく、ITを活用したプロジェクトが顕著。人を社会的アクションへと誘おうとする。今年のカンヌ受賞の事例でいえば、話題はインド。

Dentsu Creative Indiaが手がけたビジュアル&オーディオガイド「The Unfiltered History Tour」が最多となる3部門でグランプリを受賞した。InstagramのARフィルターを活用し、ロゼッタストーンなど大英博物館の10の有名展示物の“略奪史”が明かされるというもの。真正性も突き詰めると“暴露”になるのかもしれない。

ソーシャルを課題にする国内のクリエイター

国内のクリエイティブシーンや人材も見てみよう。広告の「社会化」という面で、日本は欧米圏と温度差があるが、アフターパンデミックの時代をクリエイトしていくのは戦後第4世代だろう。2010年代に頭角を現し、今後10年の活躍が期待できるクリエイターたちで、共感と共有を武器に社会に影響を与える広義の“インフルエンサー”でもある。

日本の広告を再び世界水準に高めてくれるクリエイターは誰か。その意味で注目のクリエイティブディレクターが細川美和子(1)。2021年に電通から独立して、クリエイティブ・ディレクター・コレクティブ〈(つづく)〉に参画した。

近年話題になった担当施策には、例えばアテント「#常識をはきかえよう」がある。介護の社会化をテーマに、隠さず堂々と使おうと謳う大人用紙パンツのキャンペーンである。PANTENE「#この髪どうしてダメですか」では、地毛の黒染め指導に対する学生たちの本音のメッセージから世の中全体での対話を促し、時代にそぐわないルール改善への機運を作った。単にメッセージにするだけでなくアクションに結びつけようとするところが、今を感じさせる。

細川美和子 制作/アテントの広告「#もっといいパンツになる」
(1)細川美和子((つづく))/アテント「#もっといいパンツになる」

同じくクリエイティブディレクターでは佐藤カズー(2)。国内外の広告賞での受賞歴は200を超える実力者である。〈TBWA\HAKUHODO〉および〈TBWA\Asia〉のチーフ・クリエイティブ・サステナビリティ・オフィサーだが、渋谷区内の公共トイレをデザインする「THE TOKYO TOILET」では、トイレにおけるすべての行動を手を使わず音声で行うボイスコマンド式の「Hi Toilet」のデザインを担当している。

2人ともすでに著名なベテランだが、サステイナブルやソーシャル・グッド志向のプロジェクトに正面から取り組む“リーダー的存在”として、今後の活躍も見逃せない。

佐藤カズー 制作/日本財団の広告「THE TOKYO TOILET」.jpg
(2)佐藤カズー(TBWA\HAKUHODO、TBWA\Asia )/日本財団「THE TOKYO TOILET」 ©Satoshi Nagare

デザイン・映像は多彩な人材が揃っている

一方、アートディレクターは若手を中心に多士済々。こちらも2010年頃から活躍が始まった30〜40代の第4世代に多様な人材が揃う。

地域や社会・自然災害に、デザインで、どうソリューションを与えるかに果敢に取り組んでいるのが太刀川英輔(3)。空間デザインからプロダクト、グラフィックなど、領域を超えて活動している。デザイン教育にも力を入れており、学術機関とのコラボも多い。生物の進化をヒントに創造性を高める実践的理論を展開した著書『進化思考』も好評だ。

多様化する企業のオーダーに、多彩なデザインアプローチでしなやかに応えているのが小杉幸一(4)。〈PARCO〉〈スターフライヤー〉などのブランド広告のほか、ファッションブランドの商品企画、テレビ番組のタイトルデザインまで、その仕事は多岐にわたる。

電通から独立した上西祐理(5)も気になるアートディレクターの一人だ。カンヌを受賞した「世界卓球」がよく知られるが、一枚のポスターに目が釘づけになる強いビジュアルを生み出す力があり、雑誌『広告』のデザインも毎回インパクトがある。

独自の姿勢で「グラフィック」の探究を続けるのが髙田唯(6)だ。活版印刷の工房を持ち、特に中国での知名度も高い。今年開催されたギンザ・グラフィック・ギャラリーでの個展では凧を天井いっぱいに展示するなど遊び心に満ちた“手仕事”を披露していた。

「工作」と「実験」も現代のデザインを考えるうえでのキーワードである。日本デザインセンター内で研究室を主宰する三澤遥(7)は生物や自然現象をテーマにすることが多いデザイナー。水槽の中に水と魚の新しい関係を提案する「水中風景」や国立科学博物館と共同開発した巡回展キット「WHO ARE WE 観察と発見の生物学」は面白い。ある種“理系的”なコミュニケーション感覚が時代に刺さっているようだ。

さらに科学者肌とさえ言えそうなのが石川将也(8)。NHK Eテレ『ピタゴラスイッチ』などの制作に携わる佐藤雅彦研究室の卒業生から成るユーフラテス出身。視覚表現を認知科学の側面から研究することで、情報の伝え方そのものをイノベーティブに捉え直すプロジェクトに力を入れている。

ほか、一発撮りの音楽パフォーマンスで人気のYouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』のアートディレクションを手がける清水恵介、アートとデザインのあわいでエネルギッシュな創作を行うYOSHIROTTENらの活動にも注目している。

この10年来、デジタル&ソーシャル化の進行とともに、世の中は劇的に変化し、個のプロフェッショナルによる“作家的表現”がいよいよ難しくなっている。表現者の匿名性が高い広告業界では特にそうだ。へたにとんがると、バッシングされかねない。だが今回紹介しているクリエイターたちは自分だけの“隙間”を巧みに見つけ、「柔らかな個と社会」のゆるやかな関係を表現していることが見て取れる。

次に映像領域を見てみよう。個の“作家”として、際立った仕事を見せてくれるのが柳沢翔(9)だ。国際的な評価も高いディレクターだが、最近よく知られているのはコロナ禍の真っただ中、リモートで撮影された「NEO 合唱」篇をはじめとする一連のポカリスエットCMの演出だろう。今年の「羽はいらない」篇ではオーセンティック感が増していた。

映像作家というより写真家として著名かもしれないが、奥山由之にも飛び抜けた才気を感じる。米津玄師「感電」のMVは、アーティストの内面と世間的イメージのギャップを描いた名作だった。今年はクライアントワークのみを集めた写真集『BEST BEFORE』も発表している。

デジタルネイティブ世代の台頭も始まっている。Pennacky(10)やマルルーン。モーショングラフィックの領域では、EDP graphic works(11)が興味深い。「動くデザイン」は未知の可能性を秘めている。

コレクティブ志向とコンサルティングとの関係

時代の変化はクリエイターの働き方や組織のあり方まで変えている。今注目したいのが“コレクティブ志向”のチームだ。個人事務所でもなく、がっちりした会社でもない。メンバーがそれぞれの知見や経験を共有しながら、プロジェクトベースで協働したり、一人で動いたりする。リモートワークも浸透し、いよいよそんな仕事の進め方が本格化する時代になった。

「コレクティブ」を謳っているわけではないが、クリエイティブカンパニーSIX(12)はその先駆けの一つと言えそうだ。博報堂の6人のクリエイティブディレクターが中心となって設立。デジタルを強みとして、キャンペーンから自社開発商品、サービスまで手がける360度事業は、従来の広告ビジネスの枠組みでは難しかった。「コレクティブ」は国の枠組みも超えやすい。

SIX 制作「Pokémon WONDER」
(12)SIX/「Pokémon WONDER」 ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc. ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの登録商標です。

東京、ニューヨーク、台北、ベルリンを拠点として活動するクリエイティブスタジオWhatever(13)は企画・クラフト力を持つメンバーと最新技術を駆使するメンバーが共同で“なんでも作る”コワーキングスタイルが面白い。一方、テクニカルディレクターという職能の人材が集うBASSDRUM(14)は異色のコレクティブ。アプリ開発から人工知能まで、技術が高度に細分化された現代ではブランドと作り手の間でテックの翻訳者となる人材が必要だ。

「広告」の枠組みが拡張し“なんでもソリューション”となり得る時代には、異業種の参入も進んでいる。10年代、広告業界における衝撃ニュースの一つが、世界最大級の総合コンサルティングファーム、アクセンチュアによる名門クリエイティブエージェンシー〈Droga5〉の買収だった。

その後、誕生したアクセンチュア ソング(15)は同社のインタラクティブ本部が進化したものだ。日本でもデジタルバンク〈みんなの銀行〉などを担当。クリエイティブを起点にした顧客の共感に基づくビジネス全体の変革で、停滞感も漂う国内市場を刺激してくれることを期待している。

Accenture Song 制作〈みんなの銀行〉アプリ画面
(15)Accenture Song/〈みんなの銀行〉

海外のトレンドに始まり、デザイン・映像領域の個人的注目人物、クリエイターの働き方を変革する組織、業界構造の変化まで、「ネクスト広告」をテーマに語ってきた。まとめると2020年代に関して、日本の課題は「ソーシャル・グッド(パーパス)」、世間(時代)に求められる表現は「オーセンティック」、手段は「実験とテクノロジー」、働き方は「コレクティブ」あたりがキーワードになるのではないだろうか?

ほかにも紹介したいクリエイターは多いが、こうして俯瞰してみると日本には、高い力量を持つ多彩な表現者が存在することに改めて気づかされる。SNSやプラットフォームが浸透し、「誰でもクリエイター」になり得る時代に個の存在感を示し続けるのはハードなことだ。だがブランドと人々の関係性を豊かにし、行動に影響を与え、社会を良くしていくクリエイティブという意味では、広告ほどやりがいのある表現領域はないとも言える。

従来、広告表現はまず人々の意識を変えて(メッセージを届けて)から、行動を変化(主に購買)させていくことを重視してきた。対してITは意識に先行して行動の変化を促すところがある。「ポチッと買い」などがそれに当たり、考える前の行動を誘う。

広い意味でクリエイティブDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んだ欧米圏では昨今の世界情勢の不安定さの投影か、「グッド」の大義の下、過激なアクティビズムを誘発するプロジェクトも目につくようになってきた。圧倒的なアイデアと実現力、そして成果を誇り、学ぶところも多いが、それだけが広告の可能性ではないだろう。

この10年で大きくアップデートした広告表現。日本はキャッチアップが遅れていたが、次の時代に向けての動きがようやく活性化している。カオスな時代だが、今、再び広告が面白い。

各年代のキャンペーントレンドと主役クリエイター

1950〜60年代 グラフィック全盛期
河野鷹思、原弘、亀倉雄策など、日本を代表するグラフィックデザイナーが活躍したのが1950年代。第二次世界大戦が終了し、景気が上向き高度経済成長期に差しかかった時代。

1970~80年代 CM全盛期
映像ディレクターが登場してきたが、まだCMプランナーがいなかった時代。糸井重里、仲畑貴志、魚住勉、眞木準を四天王とするコピーライターブームが起こった。

1990~2000年代 メディアニュートラル期
様々なメディアが出てくることでアートディレクターやCMプランナーが誕生。中村勇吾に代表されるウェブデザイナーも。コミュニケーション・デザイナーという呼び名が流行。

2010~2020年代 ソーシャル期
広い意味でのインフルエンサーが活躍。ユーチューバーやインスタグラマーを含む、共有を軸としたインフルエンスを起こせる人。ハッカー、キュレーター、オーガナイザーも。