新・ニッポン観光:自然が作り出す神秘的なミクロの世界とアートの地、東北(十和田・奥入瀬・弘前)

本州では唯一、太平洋と日本海の両方に面した県で、豊かな自然が育む食材の宝庫としても知られている青森。県名を読んで字のごとく、その名のルーツは“森”にあると考え、向かったのは〈奥入瀬渓流〉。日本でも貴重なブナの天然林の中で気づいたのは、青森が青森たるゆえんだった。

Photo: Yusuke Abe(YARD) / Text: Asami Seo

広大な自然に
インスピレーションを膨らませる

夏にもかかわらず、奥入瀬の空気は驚くほどひんやりしていた。しっとり潤った森はまるで生き生きと呼吸をしているようにも思える。

「奥入瀬渓流は落葉広葉樹の森なので、葉が太陽の光をよく通すのが特徴。静かな森のイメージとは違い、躍動感のある“明るい森”なんです」。そう言って渓流を案内してくれたのは、近くに立つ〈星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル〉でネイチャーガイドを務める丹羽裕之さん。ホテルを出発し4㎞ほど上流に向かうと、景色が苔むした緑の世界に一変。

約14㎞にわたって続く奥入瀬渓流
十和田湖を水源とする清流が、約14㎞にわたって続く〈奥入瀬渓流〉。日本でも有数のブナ天然林は豊富な水を蓄えており、水流中の岩や木の幹、樹上まで、至るところに豊かな苔やシダ植物が自生している。

奥入瀬渓流の成り立ちは、約1万5000年前に十和田湖が大決壊したことで洪水が起き、U字形の渓谷を作ったことに始まる。現在は湖がダムの役割を果たし、一年を通して水量が安定しているため渓流を間近に見ながら散策を楽しむことができる。

「奥入瀬の自然には、立ち止まるからこそ見えてくる美しさがあります」。そう丹羽さんに促されてルーペを覗くと、肉眼では想像もできないような苔の姿にハッとした。

「苔は長い時間をかけて土の役割を担い、植物の生育を助けてきました。苔を知ることは、森の歴史を知ることでもあるんです」。神秘的なミクロの世界に時間を忘れて没頭した。

自然が生み出す芸術を存分に楽しんだ後は、街に足を延ばして現代アート巡りを。
十和田の市街地には〈十和田市現代美術館〉を中心に、街中にもスケールの大きな現代アート作品が並ぶ。翌日は車を西に走らせて弘前へ。

青森では、中央部の奥羽山脈を境に東西で気候がガラリと変わるという。それを裏づけるように、山を越えた瞬間に曇天が嘘のように晴れ渡った。青空に赤い煉瓦壁が映える〈弘前れんが倉庫美術館〉は、7月にグランドオープンを迎えたばかり。弘前出身の現代美術家・奈良美智の作品をはじめ、国内外の先進的なアートが展示されている。

さらに車で40分ほど北上すると、旅の最終目的地である鶴田町に到着する。待ち合わせたのは、この場所で完全予約制の茶寮〈澱と葉〉を主宰する川口潤也さん。地元の農家から仕入れる新鮮な野菜と、自ら山に出かけて調達する野草を使って彼が創り出す料理はまさに一期一会の芸術作品。

ちなみにこの日のコースのタイトルは「腸と赤と血液」。いわく、「予約を受けてから自分が見た景色や心に浮かんだ情景を皿の上に表現している」とのこと。中でも、ケールの葉に枝豆をのせ、松の葉オイルとスダチを搾った前菜は、鬱蒼とした森を思わせる味わい。

それはまた、この旅で私たちが目にしてきた風景に通じるものでもあった。青森の豊かな自然が人々にインスピレーションを与える理由が、最後に少しだけわかったような気がした。