長い長い品書きは、腹の足しにはならないが、目の保養になる。ほぼ毎日、店主が巻紙に書き起こしているものだ。その内容に、客の食欲は翻弄される。ぶり大根、万十貝、金時草……。その数、およそ90種。その時季、金沢で食すべき食材が網羅されている。すっぽんスープ、蓮蒸し、白魚玉〆、治部煮、どじょう柳川、ふぐ唐揚げ、かきフライ……。調理法もバラエティに富む。
ラインナップといい、印象的な朱塗りの立派なカウンターといい、また、海外のレストランガイドでも高評価を受けるここは、酒場、とは言い難いかもしれない。地元の名士もやってくる割烹である。金沢の中心街・片町の一角にあって、一見(いちげん)には入りにくいような、しっとりとした店構え。接待にも向く個室も2階席もある。
それゆえ、この特集で紹介するには多少の躊躇(ちゅうちょ)があったが、「アラカルトで気軽に酒場使いしていただければ」という店主の言葉に甘えることに。ならば、大きな気持ちで、百万石城下の旦那衆になった気分で一献傾けたい。この店構えにしては、案外リーズナブルな価格で楽しめるのもありがたい。一人飲みももちろんいいが、家族を連れてきたくなるような店でもある。
店を仕切るのは、2代目店主・吉村良一郎さん。ともに板場を守るのは、先代から仕える板長の島崎茂さんだ。注文が入るや、連携プレーで手際よく調理が進む。せっかく金沢に来たのだから、北陸の魚を食べたいという向きに勧めたいのが、なめらの骨蒸(こつむ)し。「なめらはハタのこと。刺し身もいいですけど、今日みたいに寒い日は骨蒸しがいいかもしれませんね」と店主。
金沢ビギナーでも金沢旅リピーターでも、カウンター越しに店主にあれこれ聞きながら、注文する料理を決めることができるのも、このスタイルの良さである。
加賀野菜と旬の魚を中心に北陸の滋味を味わい尽くす
ふと、カウンター横の壁を見上げると、柔和な笑顔の男性の絵が。先代の肖像画だという。先代は大阪出身で、京都や宝塚で修業したのち、妻(つまり当代の母)の出身地近くの金沢で店を開いた。以来今日まで日々、手書きのメニューを書き上げるこのスタイルも、関西の割烹で修業した先代から受け継いだ通りだ。
春の食材は、ホタルイカやタケノコ、山菜、白エビと賑やか。ホタルイカは石焼きに、タケノコは若竹煮やタケノコご飯に、白エビは刺し身や天ぷらに。4月にコシアブラが出てくると、山菜の天ぷらがぐっと充実。品書きにあると皆が注文するそう。
夏は岩ガキや能登の海藻など。加賀太キュウリに打木赤皮甘栗(うちぎあかがわあまぐり)カボチャなどの加賀野菜も華やかに登場する。どの一品も正統派。堂々たる真っ向勝負。お伴は北陸の酒がいい。店主と相談しながら、ゆっくりと決めたい。夜は長いのだ。
「気軽にいらしていただきたいですね。アラカルトが多すぎて選べないという方はご相談ください。お酒の提案もさせていただきます。ぜひ、金沢の味をお試しください。若い方も大歓迎です」