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新作ショートフィルムを通じた柿本ケンサクの「問いかけ」 〜前編〜

映像作家として、これまで数々の作品を生み出してきた柿本ケンサクさん。映画、配信ドラマ、MVCMなど多岐にわたる「映像」ジャンルのなか、彼がいま挑戦しているのは「ショートフィルム」だ。なぜショートフィルムにこだわり続けるのか。その理由や、8月25日に公開された新作『トノムラ』のコンセプト、制作秘話について前後編にわたって追っていく。

text: Ami Hanashima / edit: Taichi Abe

自分を一番自由に表現できる可能性があるもの

映像づくりをしていると、どこまでが自分の作品なのか、境界線が曖昧だと感じることがあるという。

「例えばCMやMV制作は“商品やアーティストの良さをどう伝えるか”がスタートライン。劇映画や配信ドラマは、お金も時間もかけて良いものを作りあげていくので、自由に、というよりはビジネスとして成功させなければ、と使命感に駆られるんです。じゃあ自分がゼロベースで自由に表現できて、“これが僕の作品だ!”と胸を張れるものは作れないのか?と考えた時に、辿り着いたのがショートフィルムでした」

長編映画やドラマの需要が高まる一方、ショートフィルムは「ビジネスにならない」「たかが10~15分で魅力を伝えられるのか」という声もあるようだ。

「ビジネスにならないなら、どうすれば普及できるのか試してみたかったんです。実際、10分500円でショートフィルムを見る人は少ないと思います。でも1杯のコーヒーに500円出す人はきっと多いですよね。コーヒーには使うのに、エンタメにはあまりお金を落としたくない……お金をかけずにエンタメを手軽に楽しみたい人が多いのではと思いました」

YouTubeや動画配信サービスなど映像作品を見るデバイスも普及し、いつでも、どこでも、誰とでも見られる作品が多いなか、昨年公開の『太陽-TAIYO-』は完全招待制。あえて公開方法を限定的にすることで、ショートフィルムの価値を見出した。

そして8月25日に公開された『トノムラ』は、その挑戦への第2弾となる作品だ。

昨年公開された『太陽-TAIYO-』。現在はYouTubeにて公開されている。

「劇映画ではできないシチュエーションや、特異なキャラクター設定に挑戦できるのは、ショートフィルムならではの良さ。短い時間だからこそ、勢いで乗り切れるような鋭い切れ味があるんです。『太陽-TAIYO-』では“時間”という存在に追われる車中の密室劇で、カーアクションに挑戦してみました。

そして今回の新作は、何気ない日常、くだらない会話のなかに実は狂気が潜んでいて……という筒井康隆の短編集『笑うな』や、ポーランド出身の映像作家、ズビグニュー・リプチンスキーの代表作『タンゴ』(※)からインスパイアを受け制作。一風変わった日常の会話劇となっています」

“時間”をテーマに繰り広げられる会話劇『トノムラ』とは?

『トノムラ』では、浮気中のだらしない主人公・トノムラとその彼女・真奈美との会話劇が、時間がループするファミレスのなかで繰り広げられる。

「これまでも“時間”をテーマに作品づくりをしていて。写真家として活動している時も、パチッと撮影して切り取った一枚の写真の人物やモノのなかに、どれくらいの時間が流れているのかと考えたことがあります。

ロマンチックな見方をすれば、そもそも父と母から生まれた自分という偶然の産物があり、その存在が長い時間を経て何かと重なる偶然の一瞬を写し出した、と捉えることもできる。そもそも物語はそんな誰かの人生の一部をトリミングしたものなのです」

そして今回の物語は、男女二人が同じ時間のなかで重なる何気ない日常会話を切り取ったようだ。

「例えば恋人や友人と関係がうまくいっていて“この幸せが一生続けばいいな~”と感じていても、命に限りがあるがゆえに、その幸せには終わりがありますよね。いつか訪れる期限があるから普段の何気ない馬鹿な会話もときめいてくる。限りあることを前提に、その時間を視聴者はどういう視点で楽しむのか。僕にとっても一種の実験的な作品になったと思います。

冒頭に『あなたはトノムラです』というテロップが出るのですが、自分が今おかれている環境や存在の意義、みたいなものをトノムラになりきって探してほしいですね。そして、その日常が一生続くとしたら……?そんな問いかけも込められています」

ショートフィルムだから表現できる「人格」

作品では、浮気した彼氏を問い詰めるお姉さんキャラは前田敦子さん、そのだらしない彼氏は工藤阿須加さんが演じる。

「アイドルを経て俳優になった前田さんには、以前からとても興味がありました。信じられないくらいのたくさん修羅場をくぐり、場数を踏んできた人が、この役をどうやり切るのか楽しみで。工藤さんもお芝居にも力を入れながら、農業をされていたり多方面で活躍している方。

長編映画だと、どうしてもパブリックイメージで演じる役が決められてしまう時もありますが、俳優さんからすると面白い役や新しい役に挑戦できるいい機会だと思うんです。泣いたり笑ったり、いろいろな人格が出せるショートフィルムの良さをお二人に表現してもらおうと思い、声をかけました」

キャストが決定すると「本読み」と言われる脚本の読み合わせ、さらに映像を付けてセリフの掛け合いなどのリハーサルが行われる。

「この作品の意図や仕掛けを、頭の中では整理できているけどどこから皆に話せばいいのか、話の筋立てを組み立てるのが難しかったですね。加えて、時間がループするという複雑な脚本を著名な方に投げて、どう受け取ってやってくれるのか……僕の全てを曝け出したようで生きた心地がしなかったですよ(笑)」

そしてキャストの実際の掛け合いを見ながら、撮影までにセリフを調整していくのも柿本さんの仕事だ。

「冒頭で話したように、時間がループするなかで繰り広げられる会話劇なので、途中から二人の話が噛み合わず進んでいく場面があるんです。ここで視聴者が離脱しない仕掛けが必要かなと思い、一回感情を入れるのをやめてラリーのようにリズムよく掛け合いをしてもらうようにお願いしました。一気に会話にポップさが出て、重く受け取らない楽しめる形に落とし込めたと思います」

作品のコンセプトからキャスティングまでを語ってもらった今回。続く後編では、撮影の裏側について話を聞き、実際にできあがったショートフィルムも視聴可能に。