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岩とコミュニティに導かれて鹿児島に移住。永山貴博さんが新しく始めたクライミングジムに行ってきた

元〈ザ・ノース・フェイス〉のPRで、同ブランドの“クライミング担当”として知られていた永山貴博さんが、縁もゆかりもなかった鹿児島に移住して4年目。「一般社団法人リバーバンク」を卒業してクライミングジムを始めたと聞いて会いに行ってきた。伝えていきたいクライミングの本質と移住のはなし。

photo: Hiroki Isohata / text: Ado Ishino

「移住した理由ですか? 岩です(笑)」。懐っこく笑うのは永山貴博さん。


このたび鹿児島県いちき串木野市にクライミングジム「awesome climbing wall」をオープンさせた永山さん。冒頭で語っている「岩」とはクライミングする「岩」のこと。「昨日も長島(ブリの養殖日本一の町)にいい岩があると聞いて行ってきたんですよ。どんなもんかと思っていたら全長8メートルぐらいのワールドクラスの岩で、これはヤバいなと(笑)」

クライミングとの出会いは前職の〈ザ・ノース・フェイス〉PR時代。撮影で訪れた山で初挑戦したところ、まったく歯が立たなかった。生来の負けず嫌いが即座に発動。仕事終わりから終電まで職場近くのボルダリングジムに通い、それだけでは足りず恵比寿のボルダリングジム「J&S」で週末にバイトまで始めてしまうほどに没頭。本職のブランドプロモーション撮影では、ひとり前日入りして壁を登り、撮影クルーを帰らせたあと山に残りまた登る、といったまさに“遊びながら仕事をする”を地でいく暮らしを送っていた。

森の学校の管理人として鹿児島へ

転機は2019年。「30代も半ばになって先のことを考えていたのと、鹿児島出身の妻がずっと帰りたいと言っていたのもあり、子供が生まれたタイミングで東京から移住することにしました」。

勤め先は「一般社団法人リバーバンク」。鹿児島県南九州市川辺町の廃校になった小学校が拠点。有志によって設立された、地域課題に取り組む社団法人だ。永山さんは「リバーバンク森の学校」の管理人として携わることに。

「森の学校で開催されている野外イベント『グッドネイバーズジャンボリー』に前職が企業協賛していたこともあって、妻の里帰りがてら毎年参加していたんです。そうしたらあの素晴らしい森の学校が管理人を探しているという話を聞いて、それは僕じゃないですかと(笑)」

リバーバンク森の学校 公式ホームページ
https://riverbank.jp/school-in-the-woods

あらゆるタイミングが重なった。永山さんが企画運営した子ども向け事業「サマーキャンプ」は、情報公開後すぐに定員に達するほどの人気を博した。対象は小学3~中学3年生。森の学校で共同生活や自然体験活動を行う年に1度のビッグコンテンツは、子どもたちにとって一生モノの思い出になるとともに、リバーバンクの貴重な収入源にもなった。

縁を大切に、臆せず飛び込んでいく

2022年8月、鹿児島への縁を繋いでくれたリバーバンクだが、約3年の在職期間を経て独立。準備期間を経て11月22日、クライミングジム「awesome climbing wall」をオープンさせた。場所は鹿児島県の西海岸に位置する港町、いちき串木野市。この場所もまた、リバーバンクのご縁から。

「串木野市役所で行ったリバーバンクの座談会に来てくれた若い3人が声をかけてくれたのがきっかけです。いちき串木野をもっと盛り上げるにはどうしたらいいのか相談に乗っているうちにジムをオープンすることに(笑)」

永山さんはこのジムで、クライミングの本質である“岩登り”を伝えていきたいと話す。「オリンピックでクライミングが注目されているなか、ここには“強い選手を育てる”ようなスポーツ的文脈は持ち込まないようにしています。来年は延期になっていた国体も鹿児島で開催されます。全国からクライミングの強い選手がやってくる。力のある選手を間近で見てもらう機会をつくりながら、クライミング本来の楽しさを伝えたい」。

内観とウォールを登る永山さん
約100坪の倉庫跡に60坪ほどの広々とした曲面ウォールを設置。モザイクになった壁にカラフルなグリップが美しい。反対側にももう1面の壁がある。壁の裏側には男女別の更衣室やトイレなどを完備。

アメリカ、ヨセミテに見る、自由に登頂したルートに名前をつけていくクライミングカルチャー。その本質は「自然と遊ぶことそのもの」なのだそうだ。「お客さんには“ジムでトレーニングしたら岩に行きませんか?”と言います。鹿児島には初心者でも登れる最高の岩場がたくさんあるんです。そこに連れ出すのが最大の目的」

また、コロナで外出の機会が減ってしまった子どもたちに向けてキッズスクールも準備中。「クライミングだけじゃなくて、今日はキャンプをしてみようとか、自然な遊びの楽しみを伝えていきたい」 。約100坪の敷地に60坪の曲面ウォールがそびえ立ち、ベンチやカフェ、ショップスペースも配置。登るだけでなく長くいても居心地のいい空間設計。同じ楽しみをもつ仲間が集い、クライミングコミュニティが生まれていく、新たなカルチャー発信基地となっていくに違いない。

村民としてのこれから

2023年の4月には、現在居住している鹿児島市内からリバーバンク森の学校がある南九州市川辺町への移住が決まっているのだそうだ。「リバーバンクの時にとてもお世話になった方々が、僕らの移住を待っていてくれてるんです。今度は村民としてリバーバンクを外からサポートもできればと思っています」。 鹿児島に移住して4年目。会話の端々に鹿児島弁も混ざるようになってきた。鹿児島特有の甘い醤油が埼玉の実家にないことに物足りなさも感じるほど。縁もゆかりもなかった鹿児島にここまで溶け込み、好きになれたのは「コミュニティの存在」が大切だった、と振り返る。

「僕は鹿児島に身寄りも友達もいない状態で移住してきたので、最初はやっぱりきつかったんですけど、最初で強いコミュニティに入れてもらえたから今があると思います。坂口修一郎さん(リバーバンク理事)にとても感謝しています」。ブレない信念とポジティブなメンタル、好きなことを徹底して突き詰めていく姿勢が多くのご縁を引き寄せ、道を開いていく。無限に見つかる鹿児島の岩場に魅了される日々を送る、永山さんのこれからがますます楽しみだ。