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暮らす

鴨川のハウスで、草原に出会う。〈苗目〉が実践する地方再生の一手

千葉県鴨川市に移住し、〈苗目〉という屋号で活動する井上隆太郎さん。ハウスでのハーブやエディブルフラワーの栽培をベースに、常に手を動かしながら、新しい試みを展開している。ハーブの香りを嗅ぎ、口に含んで味を確かめながら聞いた。

photo: Koh Akazawa / text: Toshiya Muraoka

地域活性化は周りの理解から
まずは手を動かして提案する

「俺の掘った池、見ます?」と、〈苗目〉代表の井上隆太郎さんに言われて、裏山の麓にある田んぼへ行った。30年間、休耕田となっていた棚田を復活させるため、山から水が流れてくる上部に貯水池を掘ったのだという。周囲の篠藪を刈って土手を作り、田んぼへと水を流せるように、水路を整備した。

稲穂が実り始めていた棚田には黒米、赤米、それから『わら一本の革命』で知られる福岡正信さんが作出したハッピーヒルという米を植えている。さらに棚田の下の段には蓮池があり、井上さんが棚田の整備を始めると「近所の爺さまが、ここも手を入れないといけないなって、復活させたんです」という。背丈ほどもある蓮の葉が揺れていた。

裏山ではなく、クルマが行き来する正面道路脇の田んぼでは、マコモダケやクランベリーが植えられている。「目につくところで実験して見せると、それを見た人が真似してくれるから」と言う。もしも稲作ほどの苦労もなく収入を得られるならば、田んぼを寝かせている人たちも真似するかもしれない。井上さんは、まず自分で手を動かして、やってみせなければ誰も動かないことを知っている。「口だけの男」にならないように、手を動かし、聞かれたら初めて口を開く。

そうやって少しずつ地域を変えようとしている。耕作放棄地を減らし、地方を再生させるために、様々な手を打っている。レストランのシェフたちも利用するシェア・ファームでは、種をつけないF1種の苗は禁止し、固定種、在来種のみを栽培している。自身も鴨川七里という在来の枝豆を育て、活用法を提案しようと考えている。近隣の野菜やハーブティーなどを扱うグロッサリーストアも準備中。「こう見えて、真面目に地域おこしをやってるんですよ」と照れたように笑う。

食べられる花で
植物への既成概念を揺さぶる

園庭店のバイヤーとして働いた後、植物を使ったディスプレイを主な生業にしていた井上さんは、イベント会場を美しく飾った何万本もの薔薇が、翌日にはゴミとして扱われることに耐えられなかったと言う。商売の道具ではなく、純粋に植物が好きだったのだろう。2014年から鴨川に通い始め、翌年には移住をする。始めたのは、エディブルフラワーやハーブの栽培だった。かつて鉢植えの花の生産に使っていたハウスを再利用し、棚を取り払って土を入れた。

ハウスの中へ一歩足を踏み入れると、葡萄の蔦が天井を這い、様々な種類の植物が雑多に育っていて、不思議な光景だった。野生の花畑が室内に再現されているように見える。井上さんは、「これはキューバ原産のミント」とか「アニスヒソップの花は、焼き菓子の香り付けに使われる」とか、手当たり次第に摘んでは解説を入れながら香りを嗅がせ、食べるように促してくれる。

「花にだって、香りも味もある。ただの飾りじゃないんです。それをきちんと知って使ってほしいなと思いますよね。ニンニクの味がするソサイエティガーリックという花があって、見た目が可愛いんですよ。だからってパフェの上にのってたらおかしいでしょ。自分がリクエストに応えられるようになったのが大きいけど、きちんと料理に使ってくれるシェフが増えましたね。こういう料理に使いたいって相談されて、それならって提案できる関係になっているから」

エディブルフラワーもハーブも、日本ではあまり流通していない種を多く揃えているが、井上さんの面白さは、それをさほど特別と捉えていないことだと思う。次々に摘んで、味わって、どう思ったか。それ以上でも以下でもない。訪れるシェフにもきっと同じように、提案しているのだろう。

例えばキャベツの花が咲いてしまったとして、一般の農家では収穫期を逃した作物として扱われてしまうが、その花は美しく、食べられる。井上さんの提案はつまり、野菜や植物に対する既成概念を揺さぶるようなものでもある。やはり大事なのは、そのままを見ることができるか、感じることができるかどうか。

山の中で杉を切り出し
丸太に製材して、家を建てる

〈苗目〉には、拠点が3つある。最初に見せてもらった休耕田を復活させて、シェアファームを営んでいる土地。それからエディブルフラワーとハーブのハウス。もう一つは、軽トラ一台がギリギリ通れる細い道を上った山の中だった。

30年前に植林され、その後は人の手の入っていなかった杉を伐採して、自分たちの手によって丸太にしている。基礎にもその丸太を使い、水はけや整地も自分たちで行っている。Aフレームと呼ばれる三角屋根の家を建てるべく、少しずつ作業を進めているところ。井上さんは言う。

「かっこいい家にしたいんですよ。山の中でセルフビルドって言うと、泥臭いイメージがするけど、スタイリッシュにね(笑)。基本は丸太で、その他に使う角材も地元の杉だけ。いずれ50年して朽ちていくなら、そっちの方がいいでしょ?自分が死んだ後には全部、土に返るのなら、そっちの方がいいから」

この山に分け入って採取してきたものも、出荷している。その日には金木犀が咲き始めていて、これからシロップにつけるのだと言った。
「あそこに咲いているのは、酔芙蓉。朝には白かった花が、夕方には赤くなるんですよ。だから酔っ払っている芙蓉で、酔芙蓉。好きなんですよね。食べないですけど。オガタマノキはバナナのような香りがするし、フウトウカズラは胡椒の香り。モミの新芽も爽やかだし、本当にいろいろありますよ」

ニホンミツバチの養蜂も行っているという。
井上さんの目には、千葉の低山がどんなふうに見えているのだろうか。どこで勉強したのですか?と尋ねても、「勉強なんかしてないし、いらないですよ」と笑う。今までに働きながら身につけてきた知識と、鴨川に移住して身体を使いながら得た経験が、そのまま〈苗目〉の活動になっているのだろう。