この街には韓国中の音楽好きがわざわざ足を運ぶミュージックバーがあります
韓国の地図を見ると、慶州や光州はじめ「州」がついた都市がいくつもあることに気づく。それらの街は、新羅や高麗の時代にその名がつけられた長い歴史を持つ土地。そして、ここ晋州もその一つ。豊臣秀吉が1592年に始めた朝鮮出兵、いわゆる「文禄・慶長の役」で朝鮮と明と豊臣軍が戦を交えた場所でもある。
そんな街に、韓国のミュージシャンや音楽好きがひそかに通うミュージックバーがある。かかるのは、1950年代〜現代のジャズにソウル、R&B、ヒップホップなどブラックミュージックが中心。店内でしばらく時間を過ごすと、音楽好きならニヤッとしてしまうようなレコードに次から次へと針が落とされていく。この店でレコードをかける店主はなんと日本人。DJとしても活動するSagaraxxさんという人物だ。
「もともと東京の〈HMV record shop〉で働いていたんです。その時のお客さんが〈ル・モントレー〉のオーナーでもあるハサン。晋州から何度も通ってくれるうちに彼らの活動に興味を持つようになったんです」
ハサンが代表を務め、店を運営する〈アセティック〉は、地元・晋州でコンセプトからデザインまで一貫して店作りやプロデュースなどを行っているクリエイティブチーム。ハサンは「韓国の多くの人は流行を追いかけて、掘り下げることをあまりしません。Kカルチャーはパワフルでエネルギッシュだけど、奥行きのある文化を晋州で作りたいんです」と語る。2019年のオープンの際、音楽のコンセプトやレコードのセレクトをSagaraxxさんに依頼した。
「手伝ううちに“来ないか?”と誘われて、韓国自体縁もゆかりもなかったんですけど、開店前の店に来て、ここならいいなと思って決断をしたんです」と話すSagaraxxさん。
「当たり前ですが、渋谷でお店を開くのとは全く違うんですよね。東京でDJとして培ってきた考え方や、やってきたことは全く理解されない。でも韓国の人は顔に出したり、“チョッタ”(いいね)と素直に表現してくれる。その反応を見て、文字通りゼロから選曲を立ち上げました」
店も今や7年目。ここで音楽に目覚め、ミュージシャンを目指す高校生、仕事終わりに通うローカル、ソウルから何度も来る音楽好きも多い。
「僕の師匠でもある〈カフェ・アプレミディ〉の橋本徹さんや、知り合いの南アフリカのフォトグラファーを呼んでDJパーティをしてみたり、いろんな人にとって刺激になる場所でありたいです。世の中にはたくさんの素敵な音楽がある。この街で、そんな音楽でつながるコミュニティを作っていきたいんです」

海と山の幸交わる慶尚南道のローカルに愛される食を巡る
ところで、晋州がある慶尚南道は北西部が1000m級の山々から流れる清冽(せいれつ)な水が育む農産物や肉の名産地として知られ、一方南部には新鮮な魚介が獲れる統営(トンヨン)や麗水(ヨス)など港町がある。
晋州は古くから、北と南から豊かな食材が集まる交易点でもあった。市内にある晋州中央市場は、朝鮮王朝時代から100年以上続く、国内でも指折りの歴史を持った在来市場でもあり、その市場を中心に豊かな食文化を形成している。
韓国の南部は北部に比べ朝鮮戦争の影響が少なかったと言われ、古くからの建物や文化が今も息づいている。特に有名なのは韓国三大冷麺である晋州冷麺。小麦粉の麺と野菜や肉チヂミの入ったたっぷりの具が特徴で、日本の冷やし中華のような味わいだ。
今回巡ったのは〈アセティック〉のメンバーが長年通うローカルに愛される名店ばかり。麗水出身のシェフが腕を振るう〈ヨスチプ〉は、地元のスタイルで刺し身を楽しむことができるし、市場脇にある〈チェイルへジャンクク〉は、シレギと呼ばれる乾燥させた大根や白菜が煮込まれた滋味深いスープで長年市場の働き手たちのお腹を満たしてきた。〈サンチョンデジクッパ〉の一杯は、豚の名産地が近いため、デジクッパ発祥の釜山の人も通うほどの味だという。この街でローカルに愛される食には、山と海の幸が交わる土地として、栄えてきた歴史が刻まれている。


















