キングオブ国語辞典『広辞苑』は
なぜ“よられがち”なのか
西村
国語辞典といって、ぱっと『広辞苑』を思い浮かべる人も多いかもしれません。広辞苑とその他の国語辞典は何が違うのでしょう。
飯間
いろいろありますが、まずは規模が違うというのが一つあります。7万〜8万語を収録した三国や新明解のような辞書に比べて、広辞苑は約25万語を収録しています。あとは……そうですね「なつかしい」を広辞苑で引いて一番最初に書いてある語釈を読んでもらえますか。
西村
「なつかしい (1)そばについていたい。親しみがもてる」。今のなつかしいの意味ではないですね、今の意味は「(4)思い出されてしたわしい」でしょうか、一番後ろですね。
飯間
(1)の語釈は、万葉集で使われている意味なんです。広辞苑は、こういうふうに、言葉がどう使われてきたのかの歴史に重きを置いているんです。
稲川
広辞苑はこういうことを知ってないとちょっと使いづらいんです。しかもその古い意味が、今でも使われるかどうかわかる情報もないんです。
見坊
いけずな辞書ですね。
西村
その割に、なんかあるっていうと、すぐに「広辞苑によると」って引用されますよね。
見坊
そうですね、広辞苑がなぜこんなに言葉の拠りどころにされているのか。もととなる『辞苑』(博文館)という辞書があったのですが、その流れを受けて作られた広辞苑の初版(1955年刊行)は、発売当時、画期的なものであったのは確かなんです。
まず、国語項目に加えて百科項目といわれる固有名詞の収録を強化した。百科事典としても使えるというのが便利だったんです。あとは単純に「岩波書店が出した」というのが当時の人には受けた。岩波書店は今でも一大ブランドですが、当時はさらにすごかった。岩波から出たといえば後光が差して見えたはずです。
飯間
それから、戦後すぐに仮名遣いや漢字の表記が変わったということがあって、言葉や国語に関する関心は非常に高い時期だったんです。そこに、辞書のラスボス、最終兵器みたいな広辞苑が登場したわけです。
西村
そういった経緯があって、今の国語辞典といえば広辞苑というイメージが出来上がったんですね。
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言葉の背景を知るのに便利な
『岩波国語辞典』の▽とは何か
西村
今日はいろいろ辞書を持ってきましたが、それぞれの辞書の特徴を見ていきましょうか。まずは『岩波国語辞典』(岩波)はどうでしょう。
飯間
岩波は、言葉の説明は簡潔だが、明治大正の時代に郷愁を持っている辞書で、古い言葉をたくさん載せている。
見坊
新しい言葉には塩対応ですね。
飯間
例えば「臥煙(がえん)(火消しのこと)」なんて古い言葉も載ってる。
稲川
実はグーグルでわからない言葉と「意味」で検索すると表示される語釈は岩波の語釈なんです。ただ、ポイントは下向き三角(▽)で書いてある補注で、岩波はこれが本領なんです。これを読むと言葉の背景がよくわかる。
見坊
グーグルで検索した時はこの補注が基本的には出ないんです。買った辞書だけの特典ですね。
飯間
「るんるん」の補注を見ると「▽テレビアニメ『花の子ルンルン』(一九七九〜八〇年放映)からの造語」なんてことが書いてある。
稲川
ほかの辞書ではこういうことがわかりません。
飯間
実は「るんるん」は、このアニメ以前より用例はあるので、疑わしいのですが、それを含めて情報が載っているのは貴重です。
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西村
『明鏡国語辞典』(明鏡)は?
飯間
明鏡は、初版が2002年で、後発の新しい国語辞典ですが……ポイントはなんですか、西村さん。
西村
え、なんだろう、言葉の誤用をはっきりさせている?
飯間
そうですね。「御中」なんかを見ると「『◯◯様御中』は誤り。『×営業部様御中→◯営業部御中』」と書いてあり、非常に教育的。ただ、それがちょっと行きすぎちゃうところがある。
稲川
「足元を掬われる」は間違いで「足を掬われる」が正しい、といったような指摘ですね。「足元」は地面のことだから足を掬われるが正しい、という理屈ですが「足元に猫がじゃれつく」なんて言いますから、別にどっちでもいいんです。
飯間
私個人の感想としては、細かい誤用の指摘は、言葉が窮屈なものになってしまうのではないかと心配してしまうわけです。
稲川
誤用の指摘は構わないのですが、ユーザーが、これだけを参考にするとダメなんです。明鏡では誤用とされていても、ほかの辞書では誤用とはなってないこともある。複数の辞書を比べて自分で判断する方がいい。だから、辞書は複数持つべきなんです。
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意味を知っている言葉こそ、
国語辞典で調べるべき
稲川
先日出た『三省堂現代新国語辞典』は「マウント(人を屈服させる意味)」や「沼(趣味にハマる意味)」「草(笑いの意味)」といった、主にネット上で使われる俗語を大量に収録したことで話題になりましたが、それに対して、新しい俗語を収録してけしからんといった反応もありました。
しかしそうではなく、国語辞典はどんな言葉でも載せたうえで、公の場所では使うべき言葉ではないよ、という注釈をつけた方がいい。だから、そういう言葉も載せる意味があるんです。
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飯間
そこはね、辞書に対する一般の人の大きな誤解です。辞書に載った言葉は「公認された言葉」、載ってない言葉は「悪い言葉」と考える人がいますが、それは違うんです。辞書は現代の言葉の地図ですから、実際の地図で「さいたま市」はひらがなでふざけてるから載せないとかは、あり得ないでしょ。
同じように国語辞典は「今の日本語はこうなってますよ」と示すのが役割。だから、若者の言葉でもある程度広まっていれば、載せるのが正しい。媚びているわけじゃないんです。
西村
以前、飯間先生がおっしゃっていた「知っている言葉こそ辞書で引くべき」という話を聞いて以来、知っている言葉でも辞書でなるべく引くようにしてるんです。間違って覚えてる言葉に気づくこともあれば、別の言い方を知れたりする。辞書で知らない言葉だけ調べるのはもったいないですね。
飯間
前に「家でパソコンを利用する」と書いた文章を見て、変だと思ったことがあって。利用も使用も意味は知っている。でも実はよく知らない。例えば駅のトイレは「利用する」と言うことが多いですけど、使っている時は「使用中」と言う。こういった意味の違いを調べるためにもぜひ、知っている言葉こそ辞書で引いてほしいですね。
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他他にもたくさん。
それぞれの個性が光る国語辞典
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