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地味に見えて俄然、面白い! 「理想の書物」展が2022年に伝えるメッセージ

18世紀、イギリスの産業革命を背景に発展した出版物。アーツ・アンド・クラフツ運動とも密接であった「理想の書物」が、果たして私たちの生きる世界にどんな学びを与えてくれるのか。群馬県立近代美術館の学芸員・松下由里さんにお聞きした。

「理想の書物」展が教えてくれること

出版の世界は今、未曾有の危機。書店が減り、刷物の部数減はもちろん、印刷する紙の調達だってひと苦労という有り様だ。こうして、BRUTUS.jpで様々な表現の可能性を拡張する一方、紙が持つ不変の役割について編集者は日々考えている。そこにきて「理想の書物」という題名である。群馬県の高崎市にある群馬県立近代美術館まで、慌てて足を運んだ。

まず展示の概要について学芸員の松下由里さんのお話から。

18世紀末から19世紀にかけて、イギリスは世界に先駆けて産業革命を成し遂げました。蒸気機関車で遠くまで出かけたり、時間に余裕ができるなど、読書の需要が高まったんです。当時は木版画で印刷をしていましたが、その精度もだんだんと高まり、木口木版画や銅版画で精緻な挿絵などを備えた書物や、華やかな絵が中心の子ども向け書籍が登場します。今回の展示では、まず第1部で19世紀イギリスの挿絵本を中心に紹介。当時の印刷技術の解説とともに分かりやすく展示しています」

本の主題が何であろうと、またどんなに装飾がないものであろうと、活字が良質で活字面全体の配列に注意を払うならば、それは依然として芸術作品となりうる

1893年の書誌学協会でのウィリアム・モリス講演「理想の書物」より

「第2部はプライヴェート・プレス運動です。19世紀末になると印刷も機械化され、それに抗うようにアーツ・アンド・クラフツ運動を提唱したウィリアム・モリスが、晩年の大仕事として美しい本作りの土壌を固めます。上の言葉にあるように、「理想の書物」を追い求める小規模で少部数を発行する版元が増えていった。活字をデザインし、エディトリアル・デザインを監修し、手漉きの紙に印刷を施し、美しく装丁する。当時すでに失われつつあった技法を、書物などを通じて掘り起こして本を作ったんですよ」

大量生産、大量消費に疑問を呈して、温故知新で文化を再興させるカウンターカルチャー的な運動は、21世紀の今もなお繰り返されている。世の中を見渡せば衣服でも日用品でも大量消費社会にありサステイナブルやSDGsといった言葉が躍るが、実は私たち人間は産業革命時と相変わらず、同じようなことを繰り返していることに気付かされる。

当時の本の美しい文字と絵、そして美しい印刷をぜひその眼で確かめてほしい。Webではわからない、実物ならではの気付きがありますから」