“土までやさしい”能登の素材で作られる、おいしいジェラート
ジェラートで一番大事なのはテクスチャー。舌にのせたら一瞬で溶けて、“幸福な余韻”が5分は続かないと。そして究極は、そこに物語が浮かぶこと」。〈マルガージェラート〉を率いる世界一のジェラティエーレ(ジェラート職人)柴野大造さんが言う。
「理論だけでも感性だけでもダメ。ジェラートは、科学と感性が融合した小宇宙なんです」。
職人が生まれ育った背景や、どういう環境で感性を養ってきたかも重要なファクターとなる。食材の生産者も同様だ。
「生産者がどんなこだわりを持って日々の仕事に向き合っているのか、その人生観まで含めて練り込んでいかないと、驚きの味は生まれないんです」
大造さんの父は、能登の酪農を牽引する一人だった。30年近く、何十頭もの乳牛を育んできた。長男の大造さんはじめ、4人の兄弟・妹は毎朝、その生乳を飲んで大きくなった。大造さんは父の後を継ぐべく、大学で国際農業開発学を学び、卒業後すぐに牧場を受け継ぎ、酪農の道へ。
だが、道のりは厳しかった。その頃、酪農家自身が加工品まで手がける、6次産業の波が広がっていた。苦境を打破したい思いと、能登の生乳のおいしさを伝えたいという強い思いが交錯した。誰もが食べてハッピーになったり元気になったりする乳製品は何か。思いついたのが、北陸初の牧場直営のジェラートだった。
それから試行錯誤が始まった。なにしろ、製菓学校に通ったこともないずぶの素人である。マシンに付いているレシピ本やイタリアから取り寄せた料理本を参考に、試作を重ねた。そして2000年、父と共に能登に本店をオープン。次第に人気を博し、04年には金沢に近い野々市に支店を開くまでに。
石川県では支持を得てきたものの、果たして自分の作るジェラートは本場イタリアで通用するのか、コンクールに挑戦を始める。だが、惨敗の連続。それでも挑み続けて7年経った頃、ある老人から声をかけられる。
「君は面白いね。僕の工房に来てみないか」と。あとでわかるのだが、実はその老人、イタリア・ジェラート協会会長の父であり、伝説のジェラティエーレだった。そのレジェンドが「ジェラートは科学なんだ。感性や技術だけではうまくいかないよ」と言うのだ。
「目からウロコでした」。空気と液体と固形分の3つの要素が結びついてジェラートになるのだが、その最適な割合があること、糖分も素材に合わせて替えなくてはいけないこと、糖分を何にするかで硬さや滑らかさが変わること、それらを鑑み、構造的&理論的にレシピを構築することなどなど、事細かに手の内を明かしてくれた。
レジェンドから教わった理論を研究、実践すると、翌年には日本一、その2年後には世界一に。以来、〈マルガージェラート〉は全国にその名を知られることとなった。
能登の自然と家族愛が唯一無二の味を生む
ジェラートを通して地域活性化を図る。大造さんの目標の一つだ。ジェラートの骨格とも言うべき搾りたての生乳は、毎朝、能登の牧場から届く。
ショーケースには、その生乳を主役に打ち出した《能登プレミアムミルク》、昔ながらの製法を守る石川・珠洲(すず)の塩を用いた《能登の塩》といった代表作に加え、世界一を獲った《パイン・セロリ・リンゴのソルベ》、さらには、季節を追って、ヨモギ、空豆、金沢スイカ、柳田ブルーベリー、五郎島金時、能登かぼちゃなど、「能登はやさしや、土までも」といわれる風土で育まれた地元食材のジェラートが並ぶ。
2021年には、本店、野々市店共にイタリア政府公認の連盟から「世界最高のジェラートショップ」の称号を獲得する。
翌22年10月には、野々市店を移転リニューアルして〈マルガーラボ野々市〉を開設。入口からショーケースまでゆったりと続くアプローチを歩きながら、ガラス張りの工房を見学できる造りだ。大造さんと、兄に続き、世界一となった弟・幸介さん両人の仕事ぶりも垣間見える。
壁面には数々のトロフィーがずらり。白板には毎日書き替えるというレシピがビッシリ。目に入るものすべてが「早く食べたい」という気持ちに拍車をかける。
「ここは、自然科学とアートの融合を図る、文字通りラボなんです」と兄。「味を生み出すアーティストの兄と、製造はもちろん、経営やマーチャンダイズを担当する弟という構図なんです」と弟。このラボ、母が販売の手伝いを、下の妹が事務を担当し、世界一のジェラートを下支えする。
さて、能登の本店へ。驚くほど、のどかな田園風景の中にポツンと立つ簡素な本店は、能登半島地震で被災し、長らく閉鎖していた。それが本日再開するという。季節外れの寒い日で客足が心配されたが、開店時間前というのにもう数人の客。開店するや、次々と客が訪れる。皆、どれだけ心待ちにしていたことか。
この本店は上の妹夫婦が営む。奥の小さな工房では父がチーズを作っていた。こんなふうに、家族全員の愛とパワーが注がれ、〈マルガージェラート〉はますます勢いを増し、輝きを増す。
大造さんは言う。「能登の復興はなかなか進まないし、時間がかかる。僕たちのジェラートを通して少しでも地元の人たちに元気を届けることができたら、と思っています。ジェラートは正解がないからこそ、奥が深い。まだまだ進化し、深化していきますよ」