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スタイリスト・山本康一郎と〈オーラリー〉のデザイナー・岩井良太が語る銭湯愛

東京の東側、錦糸町の老舗銭湯〈黄金湯〉が2020年にリニューアル。ほしよりこさんが銭湯絵を描いたと聞き、ほしさんの友人で銭湯好きのスタイリスト山本康一郎さんが、ファッションデザイナー岩井良太さんを誘い、ひとっ風呂浴びに行きました。

Photo: Yu Inohara / Text: Izumi Karashima

ほしよりこが描いた
銭湯絵が話題の〈黄金湯〉へ

山本康一郎

うわあ、よりちゃん(ほしよりこ)の絵、すごいね。人生絵巻だ。裸で生まれて、大人になって、結婚して、また裸で生まれてくる。圧巻。帯みたい。

岩井良太

しかも墨一色。潔いですね。

山本

毎日行くんでしょ?銭湯は。

岩井

行ける限りは行きますね。

山本

岩井君、銭湯しか楽しみがないんじゃない(笑)。酒飲みに行かないしさ。

岩井

全然飲めないんですよ。だからたまにアシスタントを一緒に連れていくこともありますし、お客さんを接待することもあります。
「じゃあ、飲みに行きましょう」じゃなくて「じゃあ、風呂行ってからご飯行きましょう」って(笑)。

山本

え、仕事相手を誘うの?

岩井

誘います。取引先の人たちとか、雑誌の編集部の人たちとか。前に康一郎さんともご一緒しましたよね。中目黒の銭湯に誘ってもらって。いちばん風呂で。

山本

オレ、いちばん風呂しか入らない。開店直後の午後3時。気持ちいいじゃない。トンカツ屋のいちばん油と一緒で。早い時間と終わり際では味が違うもん。

岩井

康一郎さん、風呂に入ってる時間もめちゃめちゃ短いですもんね。

山本

そう。10分15分で上がるから。岩井君は長いよね。1時間は入るでしょ。

岩井

サウナが好きなんで(笑)。

山本

銭湯ってさ、「入りに行く」場所じゃないんだよね、僕は。「遊びに行く」場所。
だから知らない街の銭湯もブラッとよく入るけど、体を洗うためじゃなくて、そこでいろんな人を見たり、しゃべってる内容を聞きたいの。風呂よりも人間観察が好きなんだろうね(笑)。

岩井

わかります。何の気なしに聞いてしまいますし、この人どんな仕事してるのかなあって想像したりしますもん。

山本

昔、常連のおじいさんに「結婚してんの?」って聞かれたことがあって。「してます」って言ったら、「一つや二つ、秘密があるだろ」って。「それを隠すときはヨ、ここの銭湯の貸しロッカーがいちばんいいからヨ」って。
「カアちゃんに見つかったらヤバいモンを入れとけ。女は絶対入ってこないから」

岩井

あはははは(笑)。
脱衣所の月極のロッカー、そんな使い方があるんだ。おじいさん、何を隠してたんですかね。

山本

それがさ、拳銃だったらしいんだ、おじいさんの秘密。裏稼業の人だった。

岩井

想像と違いました(笑)。
僕、銭湯でいつも見かける常連さんを、街中で見つけたことがあるんです。服を着てるから全然違うけど、あの人だ!って気づいたとき、なんかうれしかったんです。
しゃべったこともないのに、この人のことよく知ってるんだよなあって(笑)。

山本

クセとかね(笑)。人のクセって面白いよね。洗い方、選ぶロッカーの位置とか。パンツ脱ぐとき、片足にひっかけてヒュッて投げて取る人いるでしょ。

岩井

いますね、そういう人(笑)。

山本

それオレ。子供の頃からのクセなの(笑)。
銭湯通いはいつ頃から?子供の頃からだったりするの?

岩井

いや、上京してからです。東京って銭湯が多いじゃないですか。なんでこんなにあるんだろうって。そこから。

山本

僕も大人になってから好きになったなあ。やっぱりさ、よりちゃんの絵巻そのもので、銭湯は人間交差点なんだよね。今日を振り返る場所であり、人生を振り返る場所であり。
そういえば、下駄箱のカギがあるでしょ、木の札。番号が飛んでいるのは、引っ越すときによく通った銭湯の札を思い出として持ってく人が多いかららしいよ。男湯特有の現象。

岩井

へえ 僕も欲しいです(笑)。

山本

流れ流れた木の札を骨董市で見つけたりすると、じ〜んとするよね。思い出を持って帰った男がいたんだなって。

スライリスト・山本康一、ファッションデザイナー・岩井良太

絵を描いた漫画家・ほしよりこさんに
コンセプトを聞いてみました。

フィルムのような横長の画面を見て、ここには時間を感じさせる絵巻物がふさわしいと思い、江戸の人の営みを描きたいと考えました。

人は生まれて死んでいく。ただそれだけだが、それぞれの日々のいとおしさ。裸んぼうになって湯に浸かった瞬間のじわっと心解すよろこびを人と分け合える場所が私たちには必要なのです。

縮こまった日々にいた自分が大きな絵を描くことができる、しかも大好きな銭湯という場所で。
自分にとって絵を描くことがどれくらい重要なことなのかを確認した日々でした。このような機会を与えてもらえたことに感謝しています。