つかみどころのない一冊がときどき不意に効いてくる
海でサメが襲ってきたとき、不意に銃撃戦がはじまったとき、どのようにして生きのびるべきか。それを私は知っている。
引っ越しを機に念願だった「壁一面の本棚」というものを実現した。書斎の壁をマス目状に区切る本棚だ。その文庫本マスの一角に紹介したい主がいる。主と呼ぶにはいささか小柄な一冊の書名はその名も『この方法で生きのびろ!』だ。
もう十年ほど前に会社の先輩が気まぐれにくれたそれ。「なんかキミに必要そうだから」。つかみどころのない先輩が、これまたつかみどころのない台詞(せりふ)とともに手渡してきたものだ。
全米でミリオンセラーを記録したサバイバル本という触れ込みで、日常生活ではまず遭遇しない危険な場面をどのようにして生き延びるかを解説する内容。なぜ私にこの本が必要だと思ったのだろうか。
だが、ときどき無性に読み返したくなってしまう。夜な夜な、決して直面しない危機的状況に想いを馳せている。「原稿が書けないとき」という目下の危機から逃げるために。
そんなことを続けていると不意にアイデアを思いつくのだから不思議なものだ。思えば先輩は仕事ができる人だった。苦労する様子もなく、軽やかに大きな仕事をひとりで片づけるような人。ノウハウを聞いても、「えー。自分で考えなよ」なんて笑いながら言う人。その癖、会社の近くのランチの穴場を誰よりも知っている人。
なんだか、先輩みたいな本だなあと思いながら読み返す。

絶体絶命の危機に瀕した時の切り抜け方をイラスト付きで解説した一冊。野生動物に襲われた時や車ごと水中に落ちた時、雪崩や落雷、地震に遭った時など、40もの事例が紹介されている。草思社文庫/品切れ。