高松
高松に行くと〈半空〉に顔を出す。書店ではない。「珈琲と本と音楽」というのが店の謳い文句で、ネルドリップでゆったり淹れるコーヒーと、カウンターの上や後ろの壁に設えた棚に並ぶたくさんの古本と、適度の音量で流れる渋い音楽の他に、酒も用意されている。アルコール・メニューには文学者ゆかりのカクテルがあって、面白いからいくつか飲んだことがある。
はじめて「伊丹十三のジンバック」を頼んだ時、マスターがジンバックと一緒に文庫版の『ヨーロッパ退屈日記』をカウンターの上に置いた。文庫本には付箋が挟んである。「カクテルに対する偏見」という章だ。そこにいま頼んだジンバックのことが書かれていた。
そんなだから、マスターと話すのは自然に本のことになる。他にもそういう客は多いのだろう。「半空文学賞」という賞まで設けて、短編作品を募るなんてことまでやっている。次回のテーマは「丸亀城」だそうだ。
そういえば〈半空〉のトイレに貼ってあったチラシで知ったのだが、完全予約制の古書店がわりと近くにある。〈なタ書(なたしょ)〉という風変わりな名前なのが気になって仕方がない。昼ごはんを食べようと、瓦町あたりの裏路地をぶらぶらしていたら、その〈なタ書〉らしき店があった。でも閉まっている。その場から電話をして翌日の夕方の予約を取った。
それから〈Benの台所〉まで歩き、本日のプレートを頼む。この店も食堂なのに、誰かの部屋のように書棚があって本が並べてある。食後はこちらも気になっていた〈本屋ルヌガンガ〉という書店に行き、本を1冊買って喫茶店に入った。〈ルヌガンガ〉の斜め向かいにも良さそうな古書店が見えたが、荷物が増えるのも困るので、そこは諦めて〈半空〉に寄る。
マスターに〈なタ書〉の予約を取った話をしたら、その斜め向かいにある焼き鳥屋がなかなかいいと教えてくれた。マスターは焼き鳥屋に行く前に〈なタ書〉で何か1冊買って、それを読みながらビールを飲むのが好きらしい。串に刺さった食べ物は、本から手を離したり視線を外さなくても食べられるから読書に最適と言う。明日にするかどうかは別にして、いつか試してみようと思った。
翌日は香川県立ミュージアムに用事があったので、そのついでに〈ブックマルテ〉に寄った。もともとは古道具を扱う店だったが、いまはギャラリーとカフェ・スペースのある、写真集中心の書店になった。
昼を食べてから、腹ごなしに歩いて瓦町まで行く。〈なタ書〉は玄関口からその世界が始まるワンダーランドだった。内装もセレクトも個性的。同じ本を探すにしても、こういう空間で見つかったほうが喜びも愛着も増すような店だった。串田孫一の本を1冊買って、開店直前の〈しるの店おふくろ〉へ。
食後はたぶん〈半空〉。買わなくてもいい本を買うはめになる街。それが、ぼくの高松のイメージだ。