未知なるお好み焼きを求め、秋の山陽道を西へ
広島名物、お好み焼き。“キャベツどっさり”“そば入り”に代表されるその味は、今や多くの店で提供され、全国区の人気を誇る。だが広島のお好み焼きに関する研究書『熱狂のお好み焼』(シャオヘイ著)を見れば、その形は実にバラエティ豊か。町の境を越えれば、具材や焼き方が異なる場合もあって、その多くは、いまだご当地でしか楽しめない代物だ。
そんな他県では出会いがたいお好み焼きを味わうために、主に瀬戸内海沿いの町を巡る今回の旅。まずは尾道駅に降り立つ。〈お好み焼 いけだ〉を目指して海岸通りを歩けば、吹き抜ける潮風が心地よい。
広島のお好み焼きの特徴は、具材を混ぜてから焼く関西風の「混ぜ焼き」とは違う、「重ね焼き」。生地、キャベツ、そば、豚肉などを順にのせて蒸し焼きにする。卵は鉄板に落としたら円状に焼き、その上にお好み焼き本体を合わせるのが一般的。では尾道焼に使う肉はというと、豚ではなく鶏の砂ずりが入るのだ。
「でも隣町の福山ではほとんど入れないそうですから、一言にお好み焼きといえども地域性があるんです」
ずっと尾道在住で、現在70歳の店主・池田美佐子さん。砂ずりのお好み焼きは、自身が学生の頃から町の定番だったと話す。そんな慣れ親しんだ味を自分で提供しようと、63歳でこの店を開業したという。
初体験のお好み焼きは、砂ずり入りの食感が新鮮で楽しい。加えて三原の地ソース・びふとんソースのキレある辛味が、食欲を直撃。広島の風味豊かな地ソースとの出会いも、今回の旅の楽しみの一つだ。
お好み焼 いけだ(尾道市)
未体験の味と絶景に、食欲と感情が大暴走
さて、ここからはドライブ旅のスタート。尾道市北東の山間の町・府中市を目指す。この地ではお好み焼きにミンチ肉を入れるのがポピュラーで、起源といわれるのが、1959年に創業した〈古川食堂〉だ。
「昔は肉が高価だったので、代わりにかまぼこやちくわを入れていたそうです。そしたら肉屋さんが“これなら安い”と豚ミンチを持ってきてくれて。それが始まりらしいです」
そう話す2代目店主・古川泰恵さんの手元から立つ、香ばしい匂い。ミンチの脂が鉄板で溶け、これを勢いよく吸ったそばが、パリッと焼けているのだ。この焼き目が辛口のカープソースを吸えば、脂の旨味は最高潮に。鼻をくすぐる香りにたまらず、人生最速のスピードで平らげる。
古川食堂(府中市)
次なる一枚を求めて、今度は因島〈越智お好み焼き〉へ。途中、しまなみ海道から海を眺めて、絶景に幾度もため息をつく。約1時間の移動の旅は興奮の連続で、店に着く頃には、すっかり空腹を感じるように。
「昔から因島にはそばを作る製麺所がなく、腹持ちをよくするために、うどんを入れました。それが今では“いんおこ”と呼ばれています」と話す、店主の越智博美さん。お好み焼きを返しては、ヘラで何度もプッシュする。この“押し”が生むのが、食感の一体感。生地、うどん、のしイカ、キャベツの4層がもたらす甘さは、未体験の味わいだ。