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本を読むと、クラシックが聴きたくなる。小説家・平野啓一郎が選んだ本と音楽8選

音楽家が主人公の小説から、音楽描写のある物語、音楽家自身が書いた小説まで。ショパンの人生を描いた小説『葬送』、クラシックギタリストの晩年の恋と苦悩を描いた『マチネの終わりに』等で、クラシック音楽への見識の深さを見せた平野啓一郎さんに、クラシック音楽を深める文学作品と、合わせて聴きたい音楽を聞いた。

Illustration: Yoshifumi Takeda / Photo: Koh Akazawa / Text: Keiko Kamijo

小さな頃から両親が持っていたレコードを聴いたり、ピアノを習っていたこともあってクラシック音楽は身近な存在でした。自分でレコードを買い始めたのは中学生くらい。

当時は、曲についての情報を得るとしたらレコードのライナーノーツか音楽雑誌か音楽家自身の本くらいしかなかったので、興味を持った作曲家の本は手に取って、自分の中のクラシック音楽の世界を広げていきました。

今は、インターネットで1曲単位で買う人も多いとは思いますが、曲を聴いた印象だけで終わるのではもったいない。文学作品から作曲家の人物像や曲が作られた背景、作曲家が生きた時代の空気を知ると、さらに音楽に深みが増すことでしょう。

『対訳 ペレアスとメリザンド』は多くの作曲家を魅了した戯曲なので、複数の作曲家が書いた曲を聴き比べると面白いのですが、今回はシェーンベルクの名盤を。トーマス・マンは非常に音楽に詳しく、音楽家との深い交流もあった作家。

『道化者』には、19世紀後半のブルジョワ家庭で、憂いを秘めた母親がショパンのノクターンを弾く印象的な場面があります。『仮面の告白』は、『道化者』との対比が面白いので選びました。日本のお稽古事としてのピアノが、戦中の山の手文化の中でどのようなものだったか。『道化者』みたいに感情の機微を表現するために弾くピアノとは全然違っていて、それは現在にまで至っています。

『プロコフィエフ短編集』は作曲家が書いた珍しい小説で、彼の想像力の豊かさを堪能できます。日本滞在記に合わせて、アバドが指揮を振り、アルゲリッチが演奏した名演を。
『サラサーテの盤』は、「ツィゴイネルワイゼン」のレコード盤が登場する小説。現実と幻想の間を行き来する怪談のような味わい。

『ショパン全書簡』は、最新研究で明らかになったショパンという人物を知るのに最も適した史料です。『ラヴェル』と『旅の日のモーツァルト』は、時代をへだてて、どちらも作曲家の人生を描いた小説。物語を通して音楽家の人となりが身近になりますし、社会背景の違いを強く感じます。

本と合わせた楽曲も紹介しています。読みながら聴くと、国や時代を飛び越えて物語の世界に没入できますので、お楽しみください。

『対訳 ペレアスとメリザンド』
モーリス・メーテルランク/著 杉本秀太郎/訳

複数の作曲家から愛された名戯曲

『対訳 ペレアスとメリザンド』モーリス・メーテルランク/著
ベルギーの劇作家が書いたオペラの戯曲で1892年に出版、翌年パリで初演。舞台は中世、架空の王国の話。美しい娘メリザンドと出会った王子のゴローは求婚し結婚に至るが、メリザンドはゴローの異父弟のペレアスに惹かれ愛し合うようになる。嫉妬に燃えたゴローがペレアスを殺してしまう悲恋の物語。「シェーンベルクだけでなく、ドビュッシーやフォーレ、シベリウスも曲を作ったという作曲家に愛された戯曲。象徴主義的な心象風景がふわーっと広がるような世界観が多くの作曲家を魅了したんだと思います」。岩波文庫。

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「ペレアスとメリザンド」/シェーンベルク

『浄夜、ペレアスとメリザンド』指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤ
『浄夜、ペレアスとメリザンド』指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン/演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/ドイツ・グラモフォン/¥1,524(CD)

『道化者』
トーマス・マン/著 実吉捷郎/訳

ピアノを弾く描写に感情の機微が宿る

『道化者』トーマス・マン/著
感受性が強く、思い込みが激しく、両親からの遺産もあり芸術的教養を持ちながらも、上流階級にも属せずボヘミアンにもなれず、常に劣等感を抱きながら生きる主人公の苦悩を語った身の上話。「主人公の母親が居間のピアノでごくゆるやかにショパンのノクターンを弾くという記述があるんですが、その描写だけで母親の性質や心情がありありと想像できる。曲名ははっきり書かれていないんですが、描写だけで27−1だとわかる。ポリーニが1968年に弾いた名演奏を選びました」。『トオマス・マン短編集』所収/岩波文庫。

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「夜想曲第7番嬰ハ短調作品27−1」/ショパン

『ショパン ピアノ協奏曲 第1番 他』指揮 パウル・クレツキ 演奏 マウリツィオ・ポリーニ
『ショパン:ピアノ協奏曲第1番 他』指揮:パウル・クレツキ/演奏:マウリツィオ・ポリーニ/ワーナークラシックス/¥3,000(CD)

『仮面の告白』
三島由紀夫/著

戦時中の日本の家庭で弾かれたピアノ

『仮面の告白』三島由紀夫/著
生まれつき肌が白く女の子のように育てられた「私」。思春期になると裸の青年が縛られた殉教図を見て興奮し、青年・近江に恋をする。女性に興奮を覚える同級生とは違うことに悩む。大学生になり友人の妹の園子と出会い親密になっていくが……。自らの生い立ちを綴り、同性愛とその苦悩を書いた小説。「園子がピアノの練習をするシーンがあるんですが、感情表現じゃないんですね。日本におけるお稽古事のピアノって何だったのかと考えさせられる。ゆったりとしたテンポで、弾く人の感情が表れる曲をセレクト」。新潮文庫。

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「間奏曲」/ブラームス

『ブラームス  奏曲 、4つのバラードより&2つのラプソディ』演奏(ピアノ)グレン・グールド
『ブラームス:間奏曲集、4つのバラードより&2つのラプソディ』演奏(ピアノ):グレン・グールド/ソニー・ミュージックジャパン/¥1,600(CD)

『プロコフィエフ短編集』
プロコフィエフ/著 サブリナ・エレオノーラ、豊田菜穂子/訳

天は二物を与えた⁉
作曲家が創作した小説

『プロコフィエフ短編集』プロコフィエフ/著
セルゲイ・プロコフィエフは20世紀を代表するロシアの作曲家、ピアニスト、指揮者だ。彼は1918年にアメリカに亡命を決意し、シベリア鉄道でモスクワを発ち、日本を経由する。船便の関係で2ヵ月ほどの滞在を余儀なくされ、京都、軽井沢など各地を巡る。その間に、曲作りとともに書かれたのがこの短編小説だ。「偉大な作曲家が小説も書いていたというのは珍しい。エッフェル塔が歩きだすといったシュルレアリスティックな話があったり、着想が面白い。彼の日本滞在中に奈良で着想を得たという曲を合わせました」。群像社。

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「ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調作品26」/プロコフィエフ

『プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番 ラヴェル ピアノ協奏曲ト長 』指揮 クラウディオ・アバド
『プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番/ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調』指揮:クラウディオ・アバド/演奏:マルタ・アルゲリッチ/ドイツ・グラモフォン/¥3,000(CD)

『サラサーテの盤』
内田百閒/著

現実と非現実の狭間にレコード盤が登場

『サラサーテの盤』内田百聞/著
薄明かりの土間に、死んだ友人の後妻が立つ。彼女は繰り返し訪ねてきて、借りたままだった遺品の本を持ち帰っていた。ある時、サラサーテが演奏していて、手違いで自身の肉声が入った「ツィゴイネルヴァイゼン」のレコードを返してくれと言われて捜してみたが、見つからない。映画化もされた小説。「サラサーテの盤の声は最後に出てくるんですけど、それが何だったのかは結局わからない。不思議な空気感の小説です。いろんな人が弾いている曲ですが、定番中の定番として、古いですがハイフェッツを」。ちくま文庫。

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「ツィゴイネルワイゼン」/サラサーテ

『ツィゴイネルワイゼン~ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン』演奏 ヤッシャ・ハイフェッツ
『ツィゴイネルワイゼン〜ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン』演奏:ヤッシャ・ハイフェッツ/ソニー・ミュージックジャパン/¥1,600(CD)

『ショパン全書簡 1816〜1831年─ポーランド時代』
ゾフィア・ヘルマンほか/編 関口時正、重川真紀ほか/訳

「手紙」に記された作曲家の人生とは

『ショパン全書簡 1816〜1831年─ポーランド時代』ゾフィア・ヘルマンほか/編
日記などを残さなかったショパンの思想を知るうえで非常に重要なのが「手紙」。ワルシャワで過ごした少年時代、主に家族や親友に宛てた親密な内容だ。「ショパンの生誕200年記念で発刊された、今までの書簡研究を一新するような一冊。収録されている書簡数も多いし、註釈も詳細。僕が『葬送』を書いていた時には明らかになっていなかったようなことまで書かれていて、ショパンの人柄や家族のことなどを知るのに最適な本だと思います。彼がこの時代に作曲した曲を、名ショパン弾きの演奏で選びました」。岩波書店。

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「ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調作品11」/ショパン

『ショパン ピアノ協奏曲 第1番・第2番』指揮・演奏(ピアノ)クリスチャン・ツィメルマン
『ショパン:ピアノ協奏曲第1番・第2番』指揮・演奏(ピアノ):クリスチャン・ツィメルマン/ドイツ・グラモフォン/¥2,300(CD)

『ラヴェル』
ジャン・エシュノーズ/著 関口涼子/訳

晩年の作曲家が抱えた栄光と苦悩

『ラヴェル』ジャン・エシュノーズ/著
作曲家、モーリス・ラヴェルの晩年の10年間をテーマにした小説。一人の音楽家の姿を時代の空気とともに甦らせる。リズミカルな文体は、機械が動くさまが好きで「スイスの時計職人」とも評された彼の音楽にも通ずる。「偉大な音楽家の存在がすごく身近に感じられる小説。アメリカでの公演の後、パーティでガーシュウィンと交流していたり。20世紀前半の『華麗なるギャッツビー』のような時代背景が細部の描写によって描かれており、目の前に当時の光景が浮かぶよう。小説にも登場する『ボレロ』をぜひ」。みすず書房。

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「ボレロ」/ラヴェル

『ボレロ、スペイン狂詩曲、ラ・ヴァルス』指揮 アンドレ・クリュイタン
『ボレロ、スペイン狂詩曲、ラ・ヴァルス』指揮:アンドレ・クリュイタンス/演奏:パリ音楽院管弦楽団/ワーナークラシックス/¥1,400(CD)

『旅の日のモーツァルト』
メーリケ/著 宮下健三/訳

史実に忠実に描かれた作曲家のある一日

『旅の日のモーツァルト』メーリケ/著
19世紀ドイツの抒情詩人メーリケの小説。「一七八七年の秋、モーツァルトは夫人同伴で『ドン・ジョヴァンニ』を上演するために、プラークへの旅に出た」で始まる。当時、モーツァルトは31歳、『フィガロの結婚』で大成功を収めた頃だ。夫妻が、伯爵家で婚礼に列席することになったという旅の途中の一日の出来事を回想録とともに豊かに描いた。「モーツァルトといえば映画『アマデウス』のエキセントリックなイメージが強かったんですが、10代の頃にこの本を読んで、彼の違う一面に触れることができました」。岩波文庫。

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「ドン・ジョヴァンニ」/モーツァルト

『歌劇《ドン・ジョヴァンニ》』指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
『歌劇《ドン・ジョヴァンニ》』指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン/演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/ドイツ・グラモフォン/¥5,143(CD)