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エッセイスト・平松洋子さんが巡る池袋西口の3つの中華フードコート〜後編〜

今、熱視線を集める池袋西口の中華フードコート。在日中国・台湾人好みの純度の高い地方料理を1フロアで食べ歩けるのが醍醐味だ。西口界隈に約20年通うエッセイスト・平松洋子さんが、3軒のフードコートを探訪。スナップとともに綴る、中国美食巡りの見聞録。前編はこちら

photo: Yoko Hiramatsu / text: Yoko Hiramatsu

恋しい中国各地、
満腹ひとり旅。
ライブ感も味のうち

JR池袋駅の改札を出て、西口の地上に出るまでの地下通路は少し長い。歩きながらいつも思うのだが、到着した飛行機のゲートを通過して空港出口に向かう距離感とよく似ている。大げさだよと笑われるかもしれないが、この二十年近くずっと感じてきたことだ。しかも最近、西口から北口にかけて界隈に流れる中国の空気は、いっそうリアルで濃い。

いきなりゲートウェイ!西口を出てすぐ左手の雑居ビルの二階に、赤い大きなランタンが手招きする〈食府書苑〉。店内の右手に中国の書籍が並ぶ棚、左手にフードコート。本と料理のコンビネーションが素敵すぎます。そのうえ、北京、陝西、雲南、四川、福建など中国各地の料理が揃っているので、体温はぐぐぐと上昇する。

めりはりの利いた料理のラインナップ。おお、西安名物の胡麻餅がある。ここで食べるかな、持ち帰ろうかな、と迷っていたときのこと。厨房の白いコックコート姿の料理人が生地をこね始めた。まるで生き物のように生地を踊らせる腕前は、特級点心師のそれ。お客と厨房がきわめて近く、ライブ感も最高だ。焼きたての熱っつい餅を買って頬張ると、ぱりぱりさくさくの皮から牛肉あんがこぼれ出た。

べつの店では、雲南の汽鍋鶏に出会えるのだから驚く。何時間もかけて蒸気だけで蒸す手間のかかる料理が、まさかフードコートで?首をかしげた自分がバカでした。五時間かけて蒸したという鶏スープは滋味満載、あっというまにコラーゲンで唇がぺなぺな。これが一二八〇円……恐れ入りました。

すぐ隣のブースでは、ビャンビャン麺の生地を「ビャンビャン」音を鳴らしながらの手打ちが始まったから、また目が離せない。直球勝負の料理を揃えるところに、〈食府書苑〉の本気を見る。

四階に上がれば一転、〈友誼食府〉の猥雑な空気が出迎える。オープンしたのは二〇一九年秋。中国食材マーケットの隣に生まれた小さなフードコートで、四川、上海、東北地方、台湾などの料理がひしめく。もともと中国食材を買いに来る中国人のお客がほとんどだったけれど、最近はSNSなどで“旅の疑似体験ができる場所”として周知され、日本人の姿も見るようになった。店のおばさんたちは全員中国人だし、ここでは“日本語は外国語”。

にらの焼餅や豚足の醤油煮など小吃(軽食)の皿を相手にしながら飛び交う中国語を聞いていると、時空間が飛びます。私が好きなのは、入口の〈友誼早餐〉。揚げたての油条を豆乳に浸して食べていると、かつて旅した河北省や香港や北京の朝と同じだなと思えてきて、少し感傷的になってしまう。あの土地、あの場所にまた行きたい。

海を渡らずに、
中国本土をひと巡り。

かつて横浜や神戸、長崎に住みついた中国人は「老華僑」、八〇年代頃から就学ビザを手にして増加した中国人は「新華僑」と呼ばれてきた。そしてコロナ禍中、いやおうなしに生まれたのが、自由に海を渡って行き来できない人々だ。自分の国に帰りたくても帰れない中国各地や台湾の人のためにも、中国人が多く住む池袋界隈では、いっそう故郷の味が求められている。

エッセイスト・平松洋子

二〇〇〇年代に入ったばかりの頃、私は、当時珍しかった中国東北地方の料理、たとえば東北醤大骨や板春雨を目当てに池袋西口に足繁く通っていた。交差点に立っていると、聞こえてくるのは東北の言葉ばかりだと教わったことがあったけれど、最近は北から南まで混沌としているぶん、各地の郷土料理の需要が増した。つまり、飲食店をめぐる池袋の状況は、いよいよ中国全土や台湾が縮図化されている。

二〇二一年にオープンした〈沸騰小吃城〉は、中国のショッピングモールあたりのフードコートそっくりだ。ビル全体が中国のテーマパークのよう、地下一階は香港スイーツ、二階は火鍋、四階は中国KTV(*カラオケ)。〈沸騰小吃城〉を名乗る三階の広いフードコートには、東北地方、上海、湖南、広東、香港、池袋では珍しい福建小吃などが揃う。ひとつの店にいろんな地方料理のブースが揃うのは、中国の大学の学生食堂ではおなじみの光景でもあるんです。

オーダーも中国スタイルだ。まずQRコードを読み込み、自分のスマホでメニューをチェックして注文。じつはこれ、感染症対策として中国全土で導入されている新マニュアル。電子マネーでの支払いもポピュラーだ。

フードコートがうれしいのは、ひとり旅気分を満喫できること。羊肉串一本、海蠣餅、辛い豆花……自分のおなかの都合を優先しながらちょこちょこつまんでいると、超スピードで東北も福建も四川も回っていることになる。贅沢というか手軽すぎるというか、とりあえずにやにやする。

店内の大きなモニターが映し出すのは、中国大陸の歌番組。その向こうに広がっているのは池袋の空。いま自分はどっちにいるんだろう。