よく見知ったイクラですが、皮を剥く匠の技で未知の食材へ
口にして、味の想像のつかなさに戸惑う。半熟の黄身を濃厚にしたような贅沢な風味が、ねっとりと舌に絡みついてくる。粒は立ち、キラキラと輝くが、プチプチする食感は一切ない。すべてが一体化してとろけてしまう。未体験のイクラだった。
食べられるのは、8月中旬から年末までの約半年。北海道から三陸へと南下する産卵前のサケを追って、その時々で最も状態のいい筋子を仕入れる。筋子は膜を取り除いてばらしてから、さらに水の中でかき混ぜるように優しく揉み洗う。こうすることで、イクラの「薄皮を剥く」のだという。
油分で濁る水をこまめに替えながら、層になった皮をギリギリまで剥がしていくと、透明感のある赤色がほんのり白っぽく染まりだす。鮮度が良くないと皮が硬くなって剥がれないし、やりすぎると水分が入ってしまう。あるところで「手に触れる感触が変わる」という。簡単なようだが、実は魚を扱うプロにさえ、皮を剥ぐのは難しい。そこには素材を見極める目と技術が必要だ。
技を活かす最高の素材のために、群馬から築地へ魚を見に行く
店主の尾花輝さんが修業のため銀座に出たのは1985年。中学校卒業後だった。20歳で館林に戻り店を継ぐが、32歳でこれではダメだと心に思った。それから、とにかく築地に通って、魚に触れ、買って食べて失敗しながら、味を見る目を培った。
素材ごとに用意したノートには、購入日や産地、業者を細かく記録。この時期のここのマグロは良くないとか、サバやコハダを何分何秒締めたかとか、自ら研究を重ね、経験から理想の味を追求した。今も必ず週に何度かは、群馬から始発で築地へ行き、日々変わる魚の状態を自分の目で確認する。
東京にあっても築地に足を運ぶ寿司屋は限られているが、だからこそ“群馬の銀座”と称される尾花さんの元に市場の表には並ばない、銀座の寿司屋も驚くような、いいネタが入ってくる。そして極上の素材には、繊細かつ独創的な仕事が施される。その一貫一貫に、乳白色のイクラのように心躍らせるのだ。