Talk

Talk

語る

建築家・隈研吾と選書家・幅允孝が語る、図書館の未来

世界的に活躍する建築家の隈研吾と、さまざまな図書館の仕事が増えているブックディレクターの幅允孝。協働する機会も多い2人が、人々と本との関わり方が多様化する中で変容する図書館の役割について、意見を交わしました。

photo: Ayumi Yamamoto

本を読む図書館という場所と建築は、これからどうなっていく?

幅允孝

隈さんとは以前、〈早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)〉でご一緒しました。自分は近年では〈神奈川県立図書館〉のリニューアルに関わりました。

隈研吾

前川國男が設計した図書館ですね。野毛山の中にあって、子供心にすごく格好いいという記憶があります。自分をつくってくれたのは、あの時代の瑞々しい近代建築だったなと思います。神奈川県立図書館は今見ても可愛らしい名建築です。存続が決まって本当に良かった。

神奈川県立図書館は1954年竣工で、建物の中央に閉架書庫をつくり、書架フレームで建物全体を支える構造です。その形は前川の国会図書館でも利用され、公共図書館の一つの雛型になりました。そして小さい建築ながら穴あきの枠型ホローブリック(ブロックの一種)を考案して、読書室に自然光を入れているのが特徴です。

長い時間を過ごす人がストレスを感じずに集中できるように、光が漏れてくる場所をつくっている。一方で、吹き抜けになっているスペースでは開放感のある場所を用意している。両者が自然に同居しているのが素晴らしいと思います。

小さい図書館は素敵だなと思います。村上春樹ライブラリーも〈雲の上の図書館(梼原(ゆすはら)町立図書館)〉も、僕の中では印象深い仕事です。

これまでの図書館では、増える蔵書を守り続けることが大事とされてきましたし、司書はアーカイブの中からNDC(図書分類法)に沿って特定の本を見つけ出すことが重要でした。でも、これからの図書館は本に興味が特にない人にも「こんな面白い本がありますよ」と投げかけることが必要ではないかと思うのです。そうでないと、どんどん冷たい場所になってしまいます。

本当にそうですね。梼原では本の盗難防止用のBDS(ブックディテクションシステム)を付けませんでした。町長が「町民を信じる、本はなくならない」と宣言して。

梼原の図書館は開かれた雰囲気で、未来の姿を感じさせます。戦後、全国の自治体に公共図書館がつくられていきました。今は建物のリニューアルや建て直しの時期に入り、中身も含め新しい場所にしていこうという潮流があります。公共図書館は無料で本が借りられるところと思われていましたが、ヨーロッパではすでに教育とコミュニティの場所として機能するようになっています。

この数年が、図書館の転機となるのでしょうね。

自発的な行動を促し、能力を育む図書館

最近は、サイン計画や家具計画を、本を手に取ってもらうという点に立脚して考えるようになりました。サインに関しては、大ぶりにして多言語で表記して、どんな本があるのかがすぐに認知できるようにと考えています。これまでは蔵書の数が図書館の強みとされてきましたが、Googleが本をデジタル化するライブラリー・プロジェクトを始めてからは、リアルな本の保管場所や冊数はデジタルのライバルにはなり得ません。そうであれば、本一冊がきちんと人に刺さる状態をつくることが重要ではないかと思います。

刺さるような空間を用意した図書館が、人間と建築物のブリッジになる気がします。

動画を受動的に視聴することに比べて、読書は自発性が高いと思います。シンギュラリティの時代に突入するにあたって人間らしく生きるために、本を読んで自分の意見をつくっていくことは大事なはずです。

雲の上の図書館では、ボルダリングができる壁を図書館の中につくりました。地元の子供も外で遊ばないようになってきていて、ボルダリングから次第に周りの山に遊びに出るのではないかという発想からです。いろんな意味で自分で決めることを促し、子供の芽を伸ばすのが、図書館という場所ではないかな。

異なる身体感覚が生む、特別な読書体験

仕上げや家具といったフィジカルの要素は、本への没入具合を左右すると思います。例えば、哲学や心理学の分類では床材のカーペットを柔らかくし、新刊書のコーナーではPタイルの硬い床にしたり、郷土資料のコーナーでは椅子の座面を少し低くしたりすることがあるでしょう。周辺環境を整えることで、気がついたら本を読んでいたという状態をつくりたいと試しています。

床は影響が大きいですね。雲の上の図書館では、1階の床は杉を圧密した材料にし、靴を脱いで上がるようにしています。そうすると、小さな子供は這い回るのですよね。裸足で過ごす図書館は、世界に誇れる形式だと思いますよ。

いつもとは違う身体感覚で読むことがあってもいいですよね。

子供の頃は、畳でゴロゴロしながら本を読むのが好きだったなぁ。そのままウトウトして眠ったり。紙やインク、イグサの匂いとともに読書体験があります。大人になったら、コーヒーの匂いも。コーヒーをちびちびと飲みながら読書をするという体験は、つながっていますね。

少しずつ体に注入する感覚は、1行ずつ理解していく読書と似ています。京都の山奥につくった私設図書館兼喫茶では約3000冊の本を見てもらう場所を設けているのですが、そこではやはりコーヒーがふさわしいと思って、手回し焙煎とネルドリップでコーヒーを淹(い)れる喫茶を併設しました。能率とは別の、時間の流れを感じてもらいたいと。

いいですね。図書館は、コミュニティの中でリビングルームのようになるのではないかと思います。僕は、福祉や病院も一緒くたにして、さまざまな年代の人が利用できるような図書館をつくりたい。可能性は十二分にあると思いますね。

(左から)幅允孝、隈研吾
photo/Ayumi Yamamoto