独立した小さな場所を行き来する住まい。
家具職人、蔵谷亮介さんの住まいの構成は少し複雑で、250坪の敷地の中に、建物が4つ立っている。工房棟、ショールーム棟、キッチン棟、寝室棟。ほかにも木屋根をかけた広場があり、蔵谷さんはそこを、ピロティと呼んでいる。
道路側からの目隠しになっている庭は、もともと駐車場で、アスファルトを剥がし、1ｍほど掘り下げて土を入れ替えた。写真右手がキッチン棟。室内の静けさを求めて、窓はあえて小さくした。 
蔵谷さんがピロティと呼ぶ、木屋根の広場。レンガのピザ窯や炭火の調理道具も備えたアウトドアキッチン＆リビング＆ダイニング。左手に元ガソリンスタンドのショールーム棟、正面に増築の寝室棟。
「気持ちのいい季節には食事もほとんどピロティで食べます。リビングダイニングのあるキッチン棟は8坪と小さいのですが、ピロティは13坪。アウトドアリビングのような、我が家の中心です」
ピロティの前には素朴な落葉樹の庭。その庭の緑や木立が通りからの視線を遮り、まるで森の隠れ家のような雰囲気をつくっている。
竣工時は事務所として使う予定だったという8坪のキッチン棟。ロフトの熊の着ぐるみは、妻の智子さんが雑貨店で一目惚れしたもの。床は大谷石のタイルを目透かしで張り、間に1㎝のオークを入れた。 
キッチン棟竣工の3年後に建てた14坪の寝室棟。幅3.5ｍの横に長い建物で、写真正面の南側にバス、トイレ、洗面を収めた水回りがある。お風呂の給湯は工房から出る木屑を使ったウッドボイラーから。 
ガスは引かず、キッチンの火口は小さな2口の電気コンロのみ。暮らしを極力コンパクトにしたい、というのも蔵谷さんの願い。寝室以外は土足で、庭やピロティとの行き来もラク。
「ここはガソリンスタンドの跡地で、この場所に出会った10年前は、鉄骨造の元店舗と、資材倉庫だけがありました。倉庫を工房にするのが目的で、最初はここに住むつもりはなかったんですよね」と蔵谷さん。
工房とショールームを整えると同時にキッチン棟を建設、ピロティを設けるまでが第1期。その後、庭を造ると居心地が抜群に良くなり、残っていたスペースに寝室棟を増築したのが第2期。寝室棟は夫婦2人で生活できる必要最小限の仕様で、子供ができてもそのプランは変えなかった。
いわく「子供はすぐ大きくなるし、そもそも、子供部屋がなければいけないとか、世間の常識に縛られるのが、苦手です」。
寝室棟はその名の通り、水回りのほかはベッドとクローゼットのみのシンプルな構成。ベッドも椅子も蔵谷さん作。「若い頃の試作です」 
柔らかな光に包まれるキッチン棟のダイニング。奥のソファ（ウェグナーのデイベッド）以外はすべて蔵谷さんの〈nomade design〉の家具。
聞けば「スーツを着る勤め人になるのが嫌で、できるだけ縛られずに生きていく手段として家具職人を選んだ」という蔵谷さん。家具は受注生産ですべて1人で作る。
「スタッフがいると自分が休みたいときに休めなくなる。とにかく自由でいたい。それが暮らし方への一番の願いです」
仕事場と家がそれぞれの機能を細かく分けながら独立しているのも、蔵谷さんの自由を優先した暮らしを支えている。日常の動作はほとんど敷地内で完結しつつ、家族ともその時々のモードで程よい距離を保つことができるからだ。
「あとはできるだけ目立たず、ここで自立して自分たちのペースで暮らしていけたら最高です」