福山に根付く、混ぜ焼きの食文化
ブルータス972号「人生変えちゃう、おいしい!1泊旅。」内の記事「鉄板という宇宙で遭遇する、六者六様の広島お好み焼き。」で触れたように、広島県のお好み焼きといえば、生地、キャベツ、豚肉、麺、卵などを重ねて焼く「重ね焼き」がポピュラーだ。
生地と麺の小麦の風味、キャベツの甘み、豚肉の旨味などがひとつひとつ際立ちながらも、重なって生まれるおいしさ。広島の重ね焼きは、生地と具材を混ぜて焼く関西の「混ぜ焼き」と並ぶ、お好み焼きの定番型だ。
しかしそんな重ね焼きの聖地・広島において、なんと関西と同じように混ぜ焼きが愛されるエリアがあった。その地域が広島第二の都市・福山市。この事実を教えてくれたのが、広島のお好み焼きに関する研究書『熱狂のお好み焼』(シャオヘイ著)である。
なぜ圧倒的に重ね焼きが優勢な広島で、これに対抗するように、混ぜ焼きが親しまれているのか。JR福山駅近くで70年の歴史をもつ、〈お好み焼・焼そば 小林〉を訪れてみる。
〈お好み焼・焼そば 小林〉が立地するJR福山駅南口周辺は、人口45万の街の玄関口。福山城公園が広がる駅の北側に対して、繁華街が広がるエリアだ。
「昔はこの近くに〈福山そごう〉があって、もっと賑やかだったんだけどねぇ」と懐かしむ、2代目店主の小林さん。鉄板の前には先客の常連の女性がいて、お好み焼きの焼き上がりを待っている。お代として直置きされた、机の上の千円札。流れるのんびりとした時間を含めて、店のあらゆる場所に昭和の薫りが漂っている。
創業した70年前から、この店で「お好み焼き」と注文すれば、混ぜ焼きが出てくる。追加注文で麺を入れられるようになったのも、十数年前からだ。
「今の広島のお好み焼きの主流、重ね焼き&麺入りの型は、戦後に広島市で生まれて一気に県内に広まりました。でもこの辺でお好み焼きといえば、昔から混ぜ焼き、麺なしです」と小林さん。それを聞いた常連さんも、「うん、うん」と頷いている。
ちなみに小林さん曰く、〈お好み焼・焼そば 小林〉と同じスタイルのお好み焼きを提供する店が、今も福山にはいくつか存在する様子。そしてその混ぜ焼きは少しだけ関西風とは異なって、豚肉を生地やキャベツと一緒に混ぜてから焼くタイプだ(関西では豚肉を混ぜ合わせず、生地の上に置いて焼く)。
郷愁を呼ぶ、「フクオーソース」の味
「最近は、福山にも重ね焼きを提供する店が増えたけどねぇ」と言いながら、生地と具材(卵、豚肉、キャベツ、もやしなど)をゆっくりと混ぜ合わせる小林さん。フォークを動かすたびに卵の黄身が攪拌され、その鮮やかな黄色が空腹感を刺激する。
そして、焼き上がった「お好み焼 肉玉入」。生地と具材がさっくりと混ぜ合わされているため、混ぜ焼きの長所たる味わいの一体感がありつつ、卵、豚肉、キャベツ、もやしの食感も楽しめる。これがこってりと甘い『フクオーソース』のお好み焼きソースと合わされば、どこか懐かしく、郷愁を呼ぶ味わいなのだ。
この店のもうひとつの名物が、店名にもあるように「焼そば」だ。昔も今も、お好み焼きのそば入りを注文する客より、お好み焼きと焼きそばの両方を楽しむ客のほうが多い。具材と麺をよく炒めたら、ソースで味付け。具だくさんの「肉入焼そば」は、ソースのコク深い味わいも相まって、これで560円とは思えない満足感をもたらしてくれる。
お好み焼きに広島人の日常を垣間見る
多くを語らず、黙々と仕事をこなす店主の小林さんと、人懐っこい常連さんたち。先ほどの女性客は、なんと“マイヘラ”持参で、お好み焼きを食べている。
「ちょっと、ヘラの使い方がなっていない!」「教えてあげようか?」なんて、笑顔で常連さんに言われながら、お好み焼きをヘラで口に運んでいると……。なんだか自分が、ここ(福山)の住人であるような気さえしてくるから不思議だ。
鉄板の前に腰掛けて、お好み焼きを食べるということ。それは、広島の人たちの日常に触れるための最短で最善の方法なのかもしれない。
お好み焼・焼そば 小林
住所:広島県福山市三之丸町7-19|地図
TEL:084-923-5898
営:11時〜17時
休:土曜・日曜・祝日