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記録的猛暑の北海道釣行記

『OFF THE HOOK』のキックオフ会をしようと落ち合った先は、同人であるデザイナー・中村圭介の出身地、稚内だった。ワーケーションのために先に帰省していた中村によれば、「秘蔵の川がある」とのこと。視察のために中村が釣りをしに行くと、ヤマメ、ニジマスが入れ食いだったと連絡が来た。

Photo: Keisuke Nakamura,Toshiya Muraoka / Text: Toshiya Muraoka

稚内から2時間強のドライブの後、釣り場に着いたのは早朝5時過ぎだった。私(村岡俊也)と写真家・平野太呂は、まだ数回目のフライフィッシング、中村と案内をしてくれる中村の父・正人さんは、渓流エサ釣り。正人さんは息子の友達にも釣らせたいからと、私たちの分のエサまで用意をしてくれていた。いくら、さし虫、マグロの切り身にミミズ。至れり尽くせりの仕掛けを渡される。

記録的な異常気象で、気温は朝から30度を上回っている。川を歩くためにウェーダー(胴付き長靴)を履くとすぐに汗がにじんだ。牛や馬などの血を吸うという、スズメバチのような巨大なウシアブが襲ってくると脅かされ、アーミー仕様の虫除けを肌の露出部分に入念に塗りたくってから川へと降りる。

稚内 釣り

狙いと反応に一喜一憂。

長く渓流を歩くのかと思っていたが、橋を下りるとすぐにポイントがあり、20センチ近いヤマメが泳いでいるのが見える。

ここから次の橋までの500メートルほどが今日の狙いのフィールドだった。私と平野のフライフィッシング組が先行して、小さな瀬が合流するポイントを攻めていく。私はほとんど1年ぶりにロッドを振るために、操作がおぼつかない。いいポイントだとわかっている場所にフライが届かず、ふうっと息を吐く。本来ならばストンと狙いのポイントに置くように投げなければいけないフライを、川面を叩きながら、投げ込んでいく。

当然、釣れない。

竿振りとため息を繰り返しながら少しずつ歩を進めてフライを投げ続けていると、体が思い出してきたのか、まれにいいポイントにフライを流せるようになってきた。すると、パシャりと何かがはねて、アタックがあったことがわかる。“びっくり合わせ”で竿を上げると、小さなヤマメがかかっていた。小さな魚体には、まるで筆で墨を記したような、きれいな楕円の模様(パーマーク)があった。

稚内 釣り

幾たびか、警戒心の弱い小さなヤマメを釣り上げながら、気を良くして渓流を歩く。後ろから熊除けの鈴を鳴らしながらやってきた中村が深場の“溜まり”を指して、「ほら、そこ」と言う。

川底を30センチ以上はあるニジマスが群れになって泳いでいる。フライを投げてもまったく反応しない。中村が針にいくらをつけて振り込んでも、寄ってくるのは小さなヤマメばかりでニジマスは相手にもしていない。

「釣れないですね」という視線を向けると、「ここから粘るんだよ」と中村が言った。

時間の感覚を忘れて竿を振る。

その後もロッドを振り、少しだけ良型のヤマメを釣ることができたが、ニジマスはまったく無反応。流れの中にはいないようで、溜まった水の底で群れている。

中村は「粘るんだよ」の後に、大きなニジマスがかかって仕掛けを切られたという。

平野は相変わらず淡々とロッドを振り、時折、良型のヤマメを釣ったという。中村の父・正人さんは最後尾でじっくりとニジマスを待っている。同じ川の数十メートルの距離内で、それぞれほとんどしゃべらずに、脳内だけが忙しい。

稚内 釣り
稚内 釣り

私はフライフィッシングを諦め、せっかく用意してもらったのだからと自分に言い訳をしながら渓流竿を出した。いくらをつけて川に投げると、あっという間に先ほどのヤマメよりいいサイズが釣れた。だが、ニジマスは見向きもしない。

2時間ほどうろうろとポイントを探し、いくらよりもさし虫の方が食い気を誘い、マグロの切り身にはほとんど反応しないことを発見し、初めての渓流でのエサ釣りもやはり奥深いなとぼんやり考えながらタバコをゆっくりと吸った。止まっているとウシアブがぐわんぐわんと頭の周りを旋回しながら迫ってくる。

食べるための釣り、粘りの釣り。

中村と正人さんとニジマスが溜まっている同じポイントで合流し、しばらく2人の釣りを眺めていたら、中村がニジマスをかけた。よっしと小さく発し、長い竿がギュンと引き込まれている。仕掛けを切られないように慎重に引き寄せ、正人さんがタモ網に入れて取り込んだ。40センチほどのニジマス。二人は魚籠(びく)に入れていたヤマメと一緒に腹を割いて、川で洗っていた。道産子は、食べる渓流釣りをする。他に誰も釣り人のいない川ならば、魚影が薄くなる心配もなさそうだ。

稚内 釣り

「暑さと渇水のせいだと思う。酸素量が少ないから反応も鈍かったりするんじゃないかな。ちょっと川がおかしいよ」と中村が言う。過去にここまでのウシアの猛襲はなかったそうだ。

ニジマスを釣ったエサは、反応がないと思っていたマグロの切り身だった。私はしびれを切らしてどうやって釣ったのかを聞くと、じっと動かさずに「粘った」とのこと。平野のように初志貫徹してロッドを振り続けず、エサ釣りに「転向」したからには、せめて利を得たい。

邪念が消え去った瞬間のアタリ。

中村と正人さんが橋から車へと戻り、平野と2人、もう少し先の上流の溜まりまで行くことにした。何度か平野は竿を振ったが、「じゃあ、まあそろそろ戻ろうかな」と早々に戻ってしまった。日はとっくに高くなり、反応も早朝より鈍くなっている。

一人残され、それでもマグロの切り身を投げ入れたが、ニジマスたちがほとんど反応を示さずにその上を通過していくのが見える。

あと少しだけ。タバコを一本だけ吸って、ダメなら帰ろう。そう思いながら、マグロの切り身をポイントに置く。

しかしウシアブが怖いな。なんでこんなに暑いんだろう、北海道だぜ。あー、フライをもうちょっと練習しないと。いろんな趣味に手を出しすぎなんだよな。だからどれもうまくなくて、それが、スタイルがないってことなんだよな〜。ダサいなあ。しかし、昨日のウニ丼ヤバかったな。台風どうなんだろう。帰ったら波、残ってるかな。来年には海外に行けるかな。釣れねーな、もう上がろうかな。

やはり脳内だけが忙しく、タバコも吸い終わった。さて帰ろうかと、ふっと一瞬下流を見返して意識が消えた瞬間に、ドン!と手元に来た。

慌てて竿を立てて合わせを入れて、ゆっくりと寄せる。ギュインと竿が曲がり、糸がピンと張り詰める。おおおと声にならない声が漏れて、視界が狭くなる。強い引きと湧き出る汗。足元を確認してずるずると後ろに下がり、時折ニジマスの引きをいなして、どうにか浅瀬に引き寄せて確保した。40センチには満たない。慌ててつかむと、強い力で暴れた。

稚内 釣り

できるだけ平静を装って、ニジマスをぶら下げながら車で待っている3人の元に向かう。興奮と安堵と自尊心がない交ぜになりながら胸を張ると、ようやく視界が開けて、青い空が目に入った。初めて歩いた川が、自分に近づいたような気がした。車に戻ると3人はとっくに着替え終わっていて、ニジマスを持った私を笑いながら迎え入れてくれた。正人さんが、「まあ、一杯飲みなよ」と渡してくれたアイスコーヒーが、夏の暑さを思い出させた。

稚内 釣り ニジマス