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ピーター・バラカンが語る、観直してカルチャーを学ぶ映画と音楽〜前編〜

音楽の視点から繰り返し観ることで、新たな発見があったり、時を経て観ることでより理解が深まったりする映画も多い。そんなカルチャーを学べる映画をピーター・バラカンさんに聞いてみました。

illustration: Kahoko Sodeyama / text: Katsumi Watanabe / edit: Chizuru Atsuta

教えてくれた人:ピーター・バラカン(ブロードキャスター)

迫力のライヴ・シーンは、可能な限り映画館で観たい

音楽映画には、ライヴやドキュメンタリー、ミュージシャンの波瀾万丈の人生を描いた伝記作品など、さまざまな形式があります。ライヴ作品の場合、劇場の大音量で観ると迫力が違います。また、ドキュメンタリー作品の場合、とにかく情報量が多く、大きなスクリーンで観るとディテールがハッキリ見えるため、発見が多いんです。

気に入った作品をDVDや配信で、再生/一時停止を繰り返しながら細かくチェックしますが、まず最初は映画館で観たいですね。僕が興味を持つような作品は、上映権が切れてしまうとなかなか再公開されないケースが多い。最近は、良質だけど規模の小さな新作は劇場公開されないこともある。

もったいないと思い、2021年から作品の権利を取得し、劇場で上映する映画祭を始めました。そんな中から新旧含め、2度ならず、何度も観たくなるような音楽作品をご紹介したいと思います。

創造と技術の進歩が交差し、新しいライヴ映画を生んだ

まずは、デイヴィッド・バーンのコンサート映画『アメリカン・ユートピア』。完璧な構成のパフォーマンスが素晴らしく、2021年の日本公開時から、劇場で5回ほど観ています。先日、改めて大画面で観直したところ、スパイク・リー監督の映像制作の手腕に心を奪われました。

すごくスマートな編集が施されているため、観賞中はまったく気にならないけど、考えてみれば、複数台のカメラで撮影しているはずです。しかし、ほかのカメラが映り込むところが、バンドが客席を練り歩くシーン以外、一切ない。さらにライティングの素晴らしさ。総勢12名のバンド・メンバーがステージ中を動き回りますが、照明がピタッと各奏者を捉える。照明技師が一人ずつをライトで追うのは至難の業です。

気になって調べてみると、ステージ衣装であるスーツの肩のところにセンサーが付いていて、連動してスポットが当たるようになっているということでした。テクノロジーの進歩は目覚ましいですね。

佐伯ゆう子 イラスト

2021年に公開された『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』のライヴ・シーンもすごかった!1969年6月から8月の週末、NYのハーレムの公園で開催されたハーレム・カルチュラル・フェスティバルのコンサートフィルムを収録した作品です。

68年はキング牧師が暗殺され、全米各地で暴動が起こり、その再発防止のため、市がフェスを企画したそう。ブラックパンサー党のメンバーが警備を担当しているところから、ブラックパワーの勢いがすごい時期だったこともよくわかる。また、新しいブラック・ミュージックが登場して盛り上がっていたので、出演者のラインナップも多様です。

モータウン・レコードからスティーヴィー・ワンダーやデイヴィッド・ラフィン、ゴスペル界の大御所マヘイリア・ジャクスン、モダンジャズのマックス・ローチなど。豪華なメンバーの中でも特筆すべきがスライ&ザ・ファミリー・ストーン。その頃はまだ地元のサンフランシスコや西海岸でローカルヒットがあった程度で、全国区のグループではなかった。

また、当時は白人と黒人が聴く音楽は異なっていて、人種混合バンドは画期的だった。しかし、スライ・ストーンに続いて登場するメンバーは白人のドラマー、トランペット奏者は黒人女性。最初は客席が「なに、このバンド?」という雰囲気。しかし、圧倒的なパワーで観客を盛り上げ、「エヴリデイ・ピープル」で会場全体を爆発させる様子は圧巻です。

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『サマー・オブ・ソウル』のフィルムは、50年以上放置されていたそうですが、アリーサ・フランクリン『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』も、公開するまでが大変だった作品。1972年、LAの教会でライヴ・レコーディングされた同名のゴスペル・アルバム。音源を録音するのと同時に、映画化するために映像も収録されていた。しかし、シドニー・ポラック監督はカメラを複数台入れるライヴ撮影に慣れていなかった。

編集点として演奏中にカチンコを使わなかったため、編集時に映像と音声を同期することができなかった。そのままフィルムは20年ほど倉庫で眠っていましたが、1990年代に当時アトランティック・レコードの新入社員だった、この映画のプロデューサーでもあるアラン・エリオットが発掘。何年もかけて地道に編集し、ようやく完成したことをアリーサ本人に伝えたところ、事前に許諾を取っていなかったため激怒され、公開を拒否されたそうです。

しかし、2018年のアリーサ没後、遺族から了承を得て、ようやく公開することができた。映画はあくまでライヴの記録ですが、歌が本当に最高。いまだポピュラー音楽史上最高のヴォーカリストと呼ばれることがよくわかる。コール&レスポンス、涙を流す観客など、ゴスペルの存在意義が理解できます。

アリーサの伝記映画『リスペクト』(2021年)のクライマックスで、この教会ライヴの模様が再現されますが、ジェニファー・ハドソンの熱演も素晴らしい。この2本は併せて観るのをおすすめします。

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過去の歴史を遡っていくと、必ず新しい発見がある

伝記作『リスペクト』の劇中、ブレイクできずにいたアリーサが、アラバマ州マスル・ショールズのエンジニア、リック・ホールのフェイム・スタジオを訪ねレコーディングすることがキッカケで、大ヒットが生まれます。そのスタジオの歴史に迫ったドキュメンタリーが『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』。

一見田舎のあんちゃん風情の専属ミュージシャンたちだけど、めちゃくちゃファンキーな演奏をするんです。中でも印象的なのが、ウィルスン・ピケットの逸話。忌憚のない意見を言う人だったせいでメンフィスのスタックス・スタジオを出禁にされちゃったらしい。

ところがマスル・ショールズへ行ってみると、みんなノリもいいし、とにかくファンキーだから、「ダンス天国」などのヒット曲を次々と発表。アリーサやパーシー・スレッジらも訪れ、ヒット曲を出すと、世界中のミュージシャンがやってくるようになる。

1969年にはローリング・ストーンズがレコーディングするんです。それが『スティッキー・フィンガーズ』に収録された「ブラウン・シュガー」や「ワイルド・ホーセズ」です。60年代のロックとソウルの黄金時代を深く知りたい人には必見の作品です。

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近年は、傷んだフィルムの修復やデジタルリマスターなどの映像技術が発展したこともあり、歴史的な音楽を扱ったドキュメンタリー作品も増えています。『BILLIE ビリー』は、伝説のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイの真の姿に迫った作品。60〜70年代に、アメリカ人ジャーナリストのリンダ・キュールが、ビリーの伝記を書くため、周辺取材をしていた。

しかし、リンダは取材中に不慮の死を遂げたため、多くの証言を収めたカセット・テープは、誰にも聞かれないままだった。ところが数年前、この映画の監督がテープの存在を知り、それを基に構成して映画を完成させたのです。晩年の50年代後半のパリやロンドンでのステージなど、まったく見たことのないようなライヴ映像もいくつかある。

当時の映像自体はモノクロですが、『BILLIE ビリー』はカラーリング処置が施されています。こういうエフェクトが、いい結果になることは少ないのですが、この作品は例外。すごく自然で、ビリー・ホリデイの美しい姿を堪能することができます。

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