絵コンテを再現するためスタッフは大奔走
「とにかく、監督の描く絵コンテが面白い。絵コンテが配られるのをスタッフも俳優も心待ちにしていた。連載漫画の続きを待つ気分」
ポン・ジュノ監督の長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』のスタッフが振り返る。ポン監督は、映画監督としてだめなら漫画家になろうかと当時話していたという。延世大学校在学時には、大学新聞『延世春秋』で4コマ漫画を担当していた。
ポン監督の絵コンテが面白いことは、もはや一般にも知られており、韓国では『パラサイト 半地下の家族』の絵コンテが本として出版されたほどだ。監督の頭の中を絵コンテで示し、現場で共有したうえで本当にその通りに撮るという。
例えば、『ほえる犬は噛まない』で警備員が、ボイラー・キムさんの都市伝説を語る時。方言で怪談を語る警備員役ピョン・ヒボンの表情は確かに漫画チックだったが、絵コンテ通りの表情だったそうだ。
彼の描いたコンテを実現するにあたり、スタッフが最も苦労したのは、メイン舞台となるマンションを探すことだった。当時の技術レベルの問題で、セットでは嘘っぽさが出るという理由から、首都圏のかなりのマンションをロケハンしたそうだ。
チワワを屋上から投げたユンジュ(イ・ソンジェ)、それを目撃したヒョンナム(ペ・ドゥナ)の追走劇が繰り広げられる廊下や、警備員がこっそり犬肉を食べる地下など、監督の思い描くマンションを探し回ったが、結局ポン監督が以前住んでいたマンションで撮ることになったという。灯台下暗し、だった。
韓国の映画評論家イ・ドンジン氏は対談で、『ほえる犬は噛まない』はその後の作品に比べてジャンル的要素が少ないと指摘し、ポン監督自身も、その後の作品でジャンル的な色が濃くなったのは、『ほえる犬は噛まない』の興行的失敗による教訓、と話している。
連続殺人事件を素材にした次作『殺人の追憶』は、一見犯人を追っているサスペンスのように見えて、実は公権力の失敗という政治的な要素を描いていたように、マーケティング戦略上、ジャンル的要素を取り入れつつ、でも結局は作品の中でジャンルを裏切るという手法を取るようになった。
筆者が『スノーピアサー』の時にポン監督に直接インタビューした時の印象は“賢いオタク”だった。列車の中がメイン舞台となり、ほぼすべてセットで撮られた作品だが、どういう発想で車両内のイメージを作り上げたのかを聞いた時、目を輝かせて心底楽しそうに語ってくれた。予算的にも能力的にも、自分が観たかった画が撮れる幸せな監督だと思ったことを覚えている。
『ほえる犬は嚙まない』
『スノーピアサー』
小道具も細かく指示するパク監督の美意識
ちなみに『スノーピアサー』のプロデューサーの一人は、パク・チャヌク監督だ。ポン監督とパク監督は若い頃から親交があり、新しい韓国映画を作ろうと切磋琢磨した。『殺人の追憶』には原作となった演劇『私に会いに来て』があり、パク監督も映画化を考えていたが、すでにポン監督が映画化を検討していると知って諦めたという経緯もある。
この2人、画へのこだわりという点でも共通している。パク監督の美的感覚は現場のスタッフをうならせるほどだ。
「一枚、一枚、絵を撮っているようだった。パク監督はその絵の隅々まで徹底して作る監督だ」
『お嬢さん』の助監督を務めた藤本信介さんは言う。
原作は英国の小説。それを1930年代、日本統治下の朝鮮を舞台に脚色したのは、日本、朝鮮、西洋の文化が混ざり合う時代だったから。画的な理由だ。メイン舞台となる洋館と和館が連なる珍しい建物は、三重県桑名市にある〈六華苑〉。
藤本さんは当初、日本での撮影までの契約だったが、その後韓国での撮影にも助監督として参加することに。日本語や日本文化が重要な位置を占める映画だったからだという。歴史的な考証を徹底して行ったが、忠実に当時の日本を再現しているわけではない。例えば朗読が行われる畳の部屋は、盆栽の位置など日本人から見れば“あり得ない”空間だ。
「正しい、正しくないでなく、新しい創造に挑戦した作品。背景にパッと庭が見えたり、木の人形が吊られて下りてきたり。想像の塊によるものだった」と藤本さんは振り返る。
監督の多くは、俳優の演技の演出に集中し、画作りは撮影監督に任せる傾向があるが、パク監督は違った。構図や、小道具の置き方などを細かく指示する。藤本さんはじめ、ほかのスタッフからも「きれい」と感嘆の声が上がるほどだった。パク監督が小道具一つにもこだわりを見せた例としては、秀子の部屋に置かれた日本人形が挙げられる。日本でのロケハンの時に偶然見つけた人形だったが、作家を探して取り寄せたという。作品にとっては特別比重の大きな小道具でもないのに、だ。
かなり神経質なのかと思いきや、藤本さんが知る限り、現場で声を荒らげたことは一度もないそうだ。韓国では監督の怒号が飛ぶのは珍しくないが、現場の雰囲気作りも重要な映画作りの要素だ。細部まで神経を配りつつ、全体を見渡す。すべては作品のためだ。ポン監督もまた、現場でほとんど怒らない監督と聞いている。
「あの人の映画、本当に変わっていた。あの人が死んだら、もうあんな映画撮る人いない」
ポン監督は、そう言われれば本望だという。2人の監督の“変わった映画”をリアルタイムで観てこられたことは、本当に幸せなことである。
『お嬢さん』
『オールド・ボーイ』