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クラフト・エヴィング商會が、「妄想」で楽しむ名作小説

いつまでも手元に置きたくなる、素敵な本の装幀を多数手がけているクラフト・エヴィング商會こと吉田篤弘さんと吉田浩美さん。装幀以外でも、「ないもの、あります」のコピーのもと、架空の商品を具現化し、本や展覧会で発表している。創作の源は「妄想」。本好きのお2人の妄想を使った小説の楽しみを教えていただいた。

初出:BRUTUS No.815「夢中の小説。」(2015年12月15日発売)

photo: Tomoyo Yamazaki / text: Tomoko Kurose

本と本をめぐる状況、すべてを題材に妄想する

吉田篤弘

ご紹介したい小説はたくさんありますが、今回は王道作品を持ってきました。まずは太宰治。「人間失格」「斜陽」など、代表作を集めた本なんですが……。

吉田浩美

私たちがおすすめしたいのはそれらではないんですよね。

篤弘

そう。この文庫になぜか入っている「葉桜と魔笛」。

浩美

あまり知られてない作品ですが、すごくいいんですよ!小説の面白さがすべて盛り込まれているんじゃないかと思うくらい。

篤弘

まず、声が聞こえてくるような文章がいい。読んでいて気持ちがいいんですね。僕も小説を書くときは声に出して、リズムを確認します。この人(浩美さん)は嫌がるけど。

浩美

いつもブツブツ言いながら書いているんです。外ではやめてね。怪しい人になっちゃうから。

篤弘

気をつけます。話を戻すと、「葉桜と魔笛」はたった10ページの短編なのに予想外の展開があるんですね。

浩美

私は最後、泣きました。

篤弘

しかも、読み終わった後に「もしかしたら……?」と別の物語も妄想できる。

浩美

その謎めいているところも魅力的です。

篤弘

普通は「人間失格」や「斜陽」目当てで買うと思いますが、ほかは読まなくていいから、「葉桜と魔笛」だけ読んでほしい(笑)。隠れたところにある名作を見つけ出して読む、というのをおすすめしたいですね。

次の『春琴抄』、これは本のシングルカットですね。僕の持っている版はわずか70ページくらい(現行版は本文約90ページ)。昔は120円くらいで買えたから、お金をくずしたいときに買っていました(笑)。

浩美

内容は壮絶ですけどね。

『斜陽 人間失格 桜桃 走れメロス 外七篇』 太宰治

10ページの隠れた名作。物語の続きを妄想する

『斜陽 人間失格 桜桃 走れメロス 外七篇』 太宰治/著
頭から読むと辿り着けないかもしれないのでまずはこの本の中の「葉桜と魔笛」だけを読んでほしい、とお2人。篤弘さんは「好きな小説ベスト10に入る」と断言するほどの惚れ込みよう。ただ、あまり知られていない短編なので、有名作品を集めたアンソロジーになぜエントリーしたのかは謎。
女性の語りに書簡という、太宰文体のエッセンスが凝縮された短編。10ページながら予想外の展開があり、「じんと心温まるうえに不思議さも兼ねていて、小説の面白い要素が詰まっている」と浩美さん。10ページで完結しない、物語の妄想しがいのある作品。

篤弘

でも、先を読まずにはおれない。これは『鵙屋(もずや)春琴伝』という小冊子を「私」が手に入れたところからお話がスタートしています。ところがこの冊子はそもそも実在しない。谷崎のでっちあげなんです(笑)。

架空のテキストありきで、語り手が何重にもなっている構造が面白い。クラフト・エヴィング商會としては、この冊子をぜひ作りたい!……と妄想しながら何度も読んでいます。

『春琴抄』谷崎潤一郎

実在しない『鵙屋春琴伝』。ならば作ってしまいたい

『春琴抄』 谷崎潤一郎/著
最初は三人称で始まるので、数ページ目に「私」が唐突に出てきて驚く。『鵙屋春琴伝』という冊子が見つかり、それに書かれた盲目の「春琴」について抜粋して語る、という小説の構図が秀逸。人形浄瑠璃に影響されて書いたのでは、と篤弘さん。
春琴のモデルは実在せず、すべて谷崎の想像の産物らしい。「ない」ところから「ある」を立ち上げ作品に仕立てるのは、まさにクラフト・エヴィング的である。ならば『鵙屋春琴伝』もクラフト・エヴィングで作ってしまいたいと篤弘さん。「ついに発見!」と文壇を騒がすニュースが舞い込むかも?

読了できない状態も妄想で楽しむ

浩美

カフカの『城』は、途中までは読むのですが、どうしても最後まで読めないんですよね。

篤弘

手に取ってはかじるように読むけれど、なかなか最後まで辿り着けない。どうやら未完の小説らしいと聞いて、じゃあ、読めなくてもいいかと(笑)。しかも、不思議なことに、とっつきやすくはないこの本が、なぜか日本のどこの書店でも必ず売っている。

浩美

地方の小さな本屋さんでも必ずあるんですよ。不思議。

篤弘

その現象自体を小説に書こうと思っていて。僕にとって『城』は積ん読のレベルを超え、容易に読了しちゃいけない、遠巻きにして読みたい本になっています。

『城』カフカ

易しくはない未完の長編が、日本中で売られている不思議

『城』 カフカ/著
外から村にやってきた主人公のKは招かれたはずなのに、なかなか城には入れず、城を目の前にしながら、村の生活に巻き込まれていく。城に辿り着けない主人公に呼応するように、クラフト・エヴィング商會の2人も読み進めようと挑戦するがいまだラストに辿り着けていない。
さらに、この奇妙な作品はなぜか、日本全国のあらゆる書店に置いてある。旅先でチェックしてほしいと知人に頼んだところ、いくつも「あった」と報告が寄せられた。小説内にも現実にも不可解な現象を引き起こしているこの本は、妄想を膨らませ遠巻きに読むことにした。

浩美

『罪と罰』も長いこと読み進められない本だったんですよね。

篤弘

家に何セットもある(笑)。買っては読みかけて、でも長いのでつい後回しに。たまたま酒席で岸本佐知子さんと三浦しをんさんと「実は私も読んでない」という話になって、のちにそれが『「罪と罰」を読まない』という本の企画になりました。

4人が知っているわずかな情報を基に、この名作がどんな物語なのか推理して。読まずに読んだんです(笑)。その本の存在を知って妄想を膨らましたときから、読書はもう始まっているんです。

浩美

4人の中に小説家が2人もいるので、妄想がすごくて。あることないこと……。

篤弘

いや、ないことないこと。

浩美

それが面白かった。こんなふうに妄想を広げられるのも、これまでたくさんの本を読んできたからかもしれないですね。小説の構造や、ある程度の展開の予測はつく。全く本を読んでいなかったら、読まずに妄想するのは少しハードルが高いかもしれません。

篤弘

僕らは、例えば犬が出てくる小説と聞いただけで、「やばいんじゃないか」と思っちゃう。

浩美

そう。その犬が悲しい結末を迎えるんじゃないかと想像して、ダメ。読めなくなります(笑)。

『罪と罰』ドストエフスキー

名作中の名作だからこそ、読む前の妄想も倍増

『罪と罰』 ドストエフスキー
「主人公はラスコーなんとか、というらしい」「おばあさんを殺すらしい」。知っているわずかな知識を基に、クラフト・エヴィング商會と翻訳家の岸本佐知子さん、作家の三浦しをんさんが『罪と罰』の物語を想像で語る、「読まない読書会」を決行。

有名作品ゆえに、断片的な情報が個々に入っていたので、ゲームのような読み方が可能になった。一部分を読むだけでも濃密な面白さは伝わり、結局旧訳新訳両方を読了し、おのおのの見立てを発表。興奮が増したという。この様子は4人の共著『「罪と罰」を読まない』(文藝春秋)に詳しい。読書家で妄想の王者たちならではの高度なお遊び。

様々な解釈ができる作品ほど面白い

篤弘

『罪と罰』は、結局、最後まで読みたくなって、4人で読後の読書会もやりました。

浩美

それぞれの解釈が聞けてすごく楽しかったですね。

篤弘

結局、読書は読んで終わりじゃないんですよね。数年後に読み返して気づくこともあるし、どこまでも続いてゆく。

浩美

あらすじにまとめないといけないとか、理解できないと「面白くない」と片づけてしまう人も多いみたいですが、それはもったいない気がします。

篤弘

過激な意見かもしれませんが、あらすじを100文字でまとめられるような本なんて面白くない!わからないところから妄想は広がりますよね。いろんな解釈ができる作品を、自分なりに想像して、人と交換できるのが豊かな読書ではないかと思います。

クラフト・エヴィング商會 吉田浩美
クラフト・エヴィング商會 吉田篤弘