本と本をめぐる状況、すべてを題材に妄想する
吉田篤弘
ご紹介したい小説はたくさんありますが、今回は王道作品を持ってきました。まずは太宰治。「人間失格」「斜陽」など、代表作を集めた本なんですが……。
吉田浩美
私たちがおすすめしたいのはそれらではないんですよね。
篤弘
そう。この文庫になぜか入っている「葉桜と魔笛」。
浩美
あまり知られてない作品ですが、すごくいいんですよ!小説の面白さがすべて盛り込まれているんじゃないかと思うくらい。
篤弘
まず、声が聞こえてくるような文章がいい。読んでいて気持ちがいいんですね。僕も小説を書くときは声に出して、リズムを確認します。この人(浩美さん)は嫌がるけど。
浩美
いつもブツブツ言いながら書いているんです。外ではやめてね。怪しい人になっちゃうから。
篤弘
気をつけます。話を戻すと、「葉桜と魔笛」はたった10ページの短編なのに予想外の展開があるんですね。
浩美
私は最後、泣きました。
篤弘
しかも、読み終わった後に「もしかしたら……?」と別の物語も妄想できる。
浩美
その謎めいているところも魅力的です。
篤弘
普通は「人間失格」や「斜陽」目当てで買うと思いますが、ほかは読まなくていいから、「葉桜と魔笛」だけ読んでほしい(笑)。隠れたところにある名作を見つけ出して読む、というのをおすすめしたいですね。
次の『春琴抄』、これは本のシングルカットですね。僕の持っている版はわずか70ページくらい(現行版は本文約90ページ)。昔は120円くらいで買えたから、お金をくずしたいときに買っていました(笑)。
浩美
内容は壮絶ですけどね。
『斜陽 人間失格 桜桃 走れメロス 外七篇』 太宰治
10ページの隠れた名作。物語の続きを妄想する
篤弘
でも、先を読まずにはおれない。これは『鵙屋(もずや)春琴伝』という小冊子を「私」が手に入れたところからお話がスタートしています。ところがこの冊子はそもそも実在しない。谷崎のでっちあげなんです(笑)。
架空のテキストありきで、語り手が何重にもなっている構造が面白い。クラフト・エヴィング商會としては、この冊子をぜひ作りたい!……と妄想しながら何度も読んでいます。
『春琴抄』谷崎潤一郎
実在しない『鵙屋春琴伝』。ならば作ってしまいたい
読了できない状態も妄想で楽しむ
浩美
カフカの『城』は、途中までは読むのですが、どうしても最後まで読めないんですよね。
篤弘
手に取ってはかじるように読むけれど、なかなか最後まで辿り着けない。どうやら未完の小説らしいと聞いて、じゃあ、読めなくてもいいかと(笑)。しかも、不思議なことに、とっつきやすくはないこの本が、なぜか日本のどこの書店でも必ず売っている。
浩美
地方の小さな本屋さんでも必ずあるんですよ。不思議。
篤弘
その現象自体を小説に書こうと思っていて。僕にとって『城』は積ん読のレベルを超え、容易に読了しちゃいけない、遠巻きにして読みたい本になっています。
『城』カフカ
易しくはない未完の長編が、日本中で売られている不思議
浩美
『罪と罰』も長いこと読み進められない本だったんですよね。
篤弘
家に何セットもある(笑)。買っては読みかけて、でも長いのでつい後回しに。たまたま酒席で岸本佐知子さんと三浦しをんさんと「実は私も読んでない」という話になって、のちにそれが『「罪と罰」を読まない』という本の企画になりました。
4人が知っているわずかな情報を基に、この名作がどんな物語なのか推理して。読まずに読んだんです(笑)。その本の存在を知って妄想を膨らましたときから、読書はもう始まっているんです。
浩美
4人の中に小説家が2人もいるので、妄想がすごくて。あることないこと……。
篤弘
いや、ないことないこと。
浩美
それが面白かった。こんなふうに妄想を広げられるのも、これまでたくさんの本を読んできたからかもしれないですね。小説の構造や、ある程度の展開の予測はつく。全く本を読んでいなかったら、読まずに妄想するのは少しハードルが高いかもしれません。
篤弘
僕らは、例えば犬が出てくる小説と聞いただけで、「やばいんじゃないか」と思っちゃう。
浩美
そう。その犬が悲しい結末を迎えるんじゃないかと想像して、ダメ。読めなくなります(笑)。
『罪と罰』ドストエフスキー
名作中の名作だからこそ、読む前の妄想も倍増
様々な解釈ができる作品ほど面白い
篤弘
『罪と罰』は、結局、最後まで読みたくなって、4人で読後の読書会もやりました。
浩美
それぞれの解釈が聞けてすごく楽しかったですね。
篤弘
結局、読書は読んで終わりじゃないんですよね。数年後に読み返して気づくこともあるし、どこまでも続いてゆく。
浩美
あらすじにまとめないといけないとか、理解できないと「面白くない」と片づけてしまう人も多いみたいですが、それはもったいない気がします。
篤弘
過激な意見かもしれませんが、あらすじを100文字でまとめられるような本なんて面白くない!わからないところから妄想は広がりますよね。いろんな解釈ができる作品を、自分なりに想像して、人と交換できるのが豊かな読書ではないかと思います。