絵の工程に応じて
3つのデスクを使い分け
漫画家デビューから46年、イラストレーターとしてのキャリアは40年。ギャグ漫画家にして「かわいい女の子」のイラストの第一人者でもある江口寿史さんの仕事場には、漫画がぎっしり詰まった本棚に見守られるように、窓を背にしたデスクが1つ、壁を向いたデスクが2つ。テーブルやオーディオ機器、楽器も置かれている。
「デスクは3つとも僕が使ってます。一番長い時間を過ごすのが奥のデスクで、下絵とペン入れ、消しゴムをかけるところまでここで作業。線画をスキャンして取り込んで、Photoshopで彩色したり修整を加えたりして仕上げるのが2つ目のデスクで、このPower Mac G4はもう20年くらい、壊れないのでずっと使っています。ネットにも繋いでないし、余計な機能もなくて使い勝手がいいんです。絵が完成したら3つ目のデスクに移動してメールで納品。文章仕事もここでやります」
現在の仕事場へ引っ越してきたのが1995年。イラストの仕事をメインにしてからは、基本的にアシスタントを入れずに一人で作業をしている。
「昔は10年もしないうちにアトリエを移していたんですが、ここは長いですね。デスクを窓に向けたり壁につけたり、模様替えもしていたんですが、今はもうスペースがなくて動かせないんです。でもこの配置はね、編集の方や代理店の方がここで待機するような緊急事態でも、ちょっと隠れられるのがいいんですよ。
テレビを前に置けば視線も遮断できるし、作業中に相撲もドラマも観られるしね。コックピットみたいになっていて、必要な道具にすぐ手が届くし、椅子を回転すれば音楽も変えられる。といっても最近はレコードをかけることはあまりなくて、iPhoneを繋いでサブスクで聴いています」
3台あるデスクはいずれもPLUS製で88年から使っている。質実剛健なデスクに合わせるのは、天童木工のヴィンテージチェア、絵を描く人に愛用者の多いアーロンチェアとクッション性の高いアームチェア。打ち合わせテーブルをイームズのシェルチェアが囲む。
「剣持勇がデザインした天童木工の椅子はデザインが好きなんです。だけど座り心地はそんなによくないね。シェルチェアもかわいいけど、経年劣化で割れてしまって修理待ちです。結局、長く座っていて楽なのは、アーロンチェアともう一脚のアームチェアですね」
デスクには、画板やタブレット、PC、作業に応じて度数を変えた眼鏡をそれぞれセット。奥のデスク上で画板を取り囲む、ペン、シャーペン、消しゴム、定規、ブラシや孫の手などのうち、種類も本数も圧倒的に多いのがペンだ。
「筆ペンはイラストのペン入れ用。2〜3枚描くと筆先がつぶれて思い通りの線を描けなくなっちゃうので、一番いい状態のペンには目印としてニョロニョロをつけています。これ、実はペンホルダーじゃなくてムーミンカフェのストローにくっついてたもの。ぴったりなんですよ。1軍を降りたペンはベタ塗り専用にして箱にまとめています。ペン入れは、以前はミリペンだったんですけど、ここ10年くらいは筆ペンがメイン。
力の入れ具合で細くも太くもなるので、エモーショナルな感じになるし、ちょっと失敗したと思っても意外にいいかも、となることもあるのが楽しいですね。筆ペンもミリペンも何十種類か描き比べて合うものを探し、買いだめしています。漫画は今もつけペンに墨汁かインクをつけて描いてます。といっても、今後は変えちゃうかもしれないですけどね」
最も長い時間をここで過ごすという
メインのデスク上の風景
使用頻度が減った画材は、デスク近くのワゴンや引き出しに。「パントン社のカラートーンもありますよ」と色ごとに分類された封筒が取り出される。
「ほかのメーカーのものは糊が強すぎたり弱すぎたりして、これが一番良かった。98年に製造中止になってしまったのでPhotoshopに移行しましたが、まだいっぱい持ってるから描こうと思えば描けるんだな。コピックももうずっと使ってないですね」
絵を描き続ける46年間で、画材はもちろん原画も数を増す一方。
「イラストは1枚ずつファイリングしてるんですが、今は展覧会のために500点くらいが千葉県立美術館に行ってます。漫画の原稿は機内食用コンテナの中。B4がぴったりで、両側から出し入れできるし丈夫そうで安心感もある。これは西荻窪の西友で40年前に開催されていたJALの備品を売る蚤の市で見かけて買ったものです」
デスクの引き出しには、画材以外の仕事道具が収められている。
「名刺、文房具、ピンズ、眼鏡とイヤホンも集まっちゃう。時計が好きなので1段は時計専用になってます。ほかに多いのは切手かな。記念切手でいいのを見かけたら買うんですが、特に好きだったのが野菜とくだものシリーズ。小さい頃から切手が好きで、鏑木清方も北斎も広重も最初は切手で知って、大人になって本物を見たら、やっぱり好きだなぁと思ったりして」
部屋のそこかしこに、雑貨やおもちゃ、湯村輝彦の影響で集め始めたというジョン・カセールの尻の絵など「好きなもの」が飾られている。はじめ2棹、今や壁一面を覆い、キッチンの窓を塞ぎ、廊下へ侵出している本棚も同様だ。
「自分の著書と装丁で関わった本、好きな漫画。あとは画集、写真集、デザイン集、資料の本と、ジャケットを描いたCDも並んでいます。もう一部屋、資料を収めている部屋もあるんですが、もう限界。いっそだだっ広い部屋に引っ越したくなるんだけど、どうもいい物件に出会えない。そう言いながら四半世紀、日常のほとんどをこのデスクの前で過ごしています」