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ふわふわ卵の秘密。〈兆徳〉のカニ玉、〈歓迎 本店〉のトマトと玉子炒めetc.

中華料理店で頼まずにはいられないフワフワ&トロトロの卵料理。そこには和食とも西洋の食文化とも異なる技がある。トマトと玉子炒めから茶碗蒸しまで、魅惑の世界へ案内します。見てるだけでご飯が進む!
初出:BRUTUS No.833『町の中華』(2016年10月1日発売)

photo: Shin-ichi Yokoyama, Kanako Nakamura / text: Yoko Fujimori

〈兆徳〉のカニ玉

日本の中華の大定番、
カニ玉のあるべき姿

洛陽出身の店主・朱徳平さんが1995年に開いたこの店は、古今亭志ん朝師匠が通ったことでも知られる存在。生前の師匠はこの店のチャーハンと餃子を愛し、寄席の前には必ず食べに立ち寄ったとか。

玉子チャーハンに焼き餃子、ニンニクを利かせた兆徳そばと名物は多いが、実は一品料理も味がいい。例えばカニ玉。半熟に焼き上げた卵の中にはカニ肉がちりばめられ、その旨味をシイタケとネギの香りが引き立てる。

これを絶妙なトロみ加減の甘酸っぱいあんに絡めて頬張れば、ゴマ油の香りとあんの酸味が鼻腔を抜け、紹興酒を、いやいっそ白飯をと、さらなる味の高みを求めたくなる。

「故郷の味というよりも、日本の人においしいと思ってもらえる料理を出したくて。だからウチは日本の中華だね」と笑顔で語る朱さん。毎朝手包みする餃子もシュウマイもしみじみウマい。気取らず、でも手を抜かず。町の中華の鑑だ。

〈蔡菜(さいさい)食堂〉の
上海風茶碗蒸し

染み入る味わい、うたかたの食感
身も心も安らぐフワトロ茶碗蒸し

上海出身のご主人・蔡才生さんが腕を振るう家常菜(家庭料理)の店。上海の昔ながらの家庭料理は決して食べ疲れせず、その味を慕い連日常連で賑わう。日替わりメニューが主体だが、常連がそっとリクエストするのがこの茶碗蒸し。

「上海では子供のおやつや風邪をひいた時にもよく作ります。卵をたっぷりのスープで溶くのがポイントね」と蔡さん。卵2個に自家製鶏スープ1、水1の割合で加え、湯煎で蒸し上げる。味つけは少しの塩のみ。その淡雪のように繊細で滑らかな舌触り、食後は多幸感に包まれる。

〈古都台南担々麺〉の
切り干し大根の玉子焼き

漬物の塩味が程よいアクセントに
台湾を代表する伝統的オムレツ

台南出身の女性店主が24年前に開いた台南屋台料理の店。調味料をはじめA菜や豆苗(とうみょう)などの野菜類も週1回、台南や台北から空輸で届く。そうした努力で現地の味をブレることなく伝えるからこそ、台湾ファンの人気も高い。

そして台湾の卵料理の代表格といえば、「菜脯蛋(ツァイプータン)」と呼ばれる切り干し大根のオムレツ。伝統的な大根の漬物を細かく刻んで卵に入れ、高温の油で両面を焼き上げたもので、表面はカリッ、中はふんわり。この切り干し大根がオムレツにちょうどいい塩加減を与え、罪なほどにビールを呼ぶのだ。

〈新川 大勝軒飯店〉の
海老玉丼

天然塩の塩味あんとふわふわ卵
まかないから生まれた名作丼

大正3(1914)年創業、百余年の歴史を刻む老舗中華料理店。広東料理をベースにレバ野菜丼や酸辣麺(スーラーメン)など、親しみやすく食べ飽きない人気メニューを数多く持つ。そんな一つがカニ玉ならぬ「海老玉丼」。

塩味のあんでとじるのが特徴で、まかない料理として登場したのがきっかけ。半熟に仕上げた卵の中はプリプリのエビがたっぷり。塩に鶏と豚の合わせスープや砂糖などを加えて作るあんは、天然塩ならではのまろやかな旨味が広がり、さっぱりと食べ進められる。食感から風味の重ね方まで、完成度の高い丼だ。

〈歓迎(ホアンヨン)本店〉の
トマトと玉子炒め

トマトの酸味とふわふわ卵の
至福の一体感!

今年で創業30年目を迎えた〈歓迎 本店〉。オーナー一族が営む〈你好〉〈金春〉とともに、蒲田の三大餃子の雄として全国にその名を馳せてきた。しかし繁盛店の看板は、実は羽根付き餃子だけではないのだ。

その隠れた名物の一つが「トマトと玉子炒め」。日本でもあまたの中華料理店で見かけるお馴染みのメニューだが、〈歓迎 本店〉の一皿はトマトがゴロゴロと入り、ひときわ瑞々しい。火入れしたトマトは噛めば柔らかな酸味が広がり、空気を含んだフワフワの卵とともにあんに包まれると、まろやかな一体感をなす。

味つけは酸味も塩味も尖ったところがなく、この“まあるい味”の骨格を担うのが、鶏と香味野菜で丹念にとる清湯(チンタン)(澄んだスープ)。「野菜をこのスープで炒め煮にすることで味に深みが出るから、調味料はほんの少しでいいのよ」とオーナーの山崎英理子さん。スープが立役者の、フワトロの快楽。もう箸が止まらない。

〈歓迎 本店〉のトマトと玉子炒め
中国では「番茄炒蛋(ファンチェチャオダン)」や「西紅柿炒蛋(シーホンシーチャオダン)」の名で親しまれる料理。トマトは水っぽくならないよう水分を内側に閉じ込めるのが味の鍵。的確な火入れの技が必要だ。