建築で考えるドーナツ「真ん中に穴の開いた建築が世界一になった理由」

ドーナツは、学問に一番近いスイーツである?建築家の手塚貴晴、手塚由比さんは“ドーナツ”をどう考えるのか。

illustration: Yachiyo Katsuyama / text: Masae Wako

真ん中に穴の開いた建築が世界一になった理由

「世界で最も優れた学校」は、なんとドーナツだった⁉UNESCOとOECD(経済協力開発機構)が世界一と認めたその建物は、2007年に竣工した東京・立川市の〈ふじようちえん〉。設計は、多くの学校建築を手がける手塚貴晴さんと由比さんだ。外周約183mの楕円形平屋建てで、真ん中がぽっかり空いたドーナツ形。屋根はウッドデッキでできているので、園児たちはいつもその上を走り回っている。

「ウチの子がキッチンの周りを走っているのを見て、そういえば子供ってぐるぐる回るのが好きだよね、と思いつきました」と話すのは由比さん。この発想をもとに、貴晴さんが電車の中でスケッチした手描きの楕円形が、そのまま建物になった。円形建築の場合、建物で囲った内側に人が集う中庭や遊び場を造るケースが多いものだが、〈ふじようちえん〉はさにあらず。真ん中は貴晴さんいわく「ただの原っぱ」で、遊具も花壇もシンボルツリーもない。

「ドーナツの面白いところは、穴があるからこそドーナツなのに、その穴を食べられないこと。〈ふじようちえん〉も、真ん中に何もないところが本質なのです」と貴晴さん。真ん中がない建築では、人と人の関係がインタラクティブになる。

「例えばキャンプファイヤーの時、人は中心にある火の近くに集うのではなく、周囲に輪を作ります。そうするとお互いのこともその場全体のこともよく見える。これを建築で考えた場合、個々の空間も遊び場も全部リング上にあれば、みんなが平等でいられるんです。穴の開いたドーナツは火が通りやすいのと同じで、真ん中がない建築は日と風が通りやすく、人の関係性もスムーズになる。ドーナツの輪は囲うための形ではなく、誰でも輪に入れていつでも抜けられる、自由でいるための形です」

さらに、建築がより心地よいものに育つためには、手描きスケッチのような、ある種の不完全さも必要だと貴晴さんは言う。

「屋根の形一つ、窓の位置一つとっても、人が手で描いた線をもとにした形には、無条件に人の気持ちを入り込ませる隙間ができる。CGだけで作る完璧に整った形に比べて、世の中の多様な雑味を受け入れる余白ができ、想像を超えた面白みが生まれ得る気がするんです。それはきっと、多少歪んでいても複雑な味わいのある、手作りドーナツみたいなものですね」

勝山八千代 イラスト