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『独学大全』の著者・読書猿が伝授。好きなものを好きなだけ学ぶ「独学」のススメ〜前編〜

勉強したいことはあるけれど、学校に通ったり誰かに習ったりするのは時間も労力も捻出が難しい。でも諦められない。そんな人に残された手段が「独学」だ。その実践者として、長年の勉強技術をまとめた『独学大全』の著者・読書猿が伝授する、アイデア管理法から検索ワードの見つけ方まで、ここに公開。

Photo: Miyu Yasuda / Text: Misaki Saito

全788ページ、厚さ約5㎝。鈍器(!)のような本が、20万部を超えるヒットになっている(2021年6月時点)。名を『独学大全』という。著者の読書猿は、長年「独学」を続けてきた。その方法論を詰め込んだ集大成がこの本だ。

当然、自身がこれまで学んできた物事に裏打ちされた内容なのだが、驚くのはその博覧強記ぶり。哲学、歴史、社会科学、数学、語学といった様々な学問を横断し、その知識や技法が勉強術に落とし込まれている。何をどうしたら、独学でそれほどの域に達することができるのか。

「私の定義では“独学者とは、学ぶ機会も条件も与えられないうちに、自ら学びの中に飛び込む人である”としています。学校に行けるとか先生が教えてくれるというのが、学ぶ機会や条件の例です。独学者の抱える“知りたい/学びたい”という気持ちは、機会や条件が揃うのを待っていられない。独学の最大の利点は、自由に始められることです。何を学ぶか、どんな方法で学ぶか、すべて自分で決められます。何時間続けてもいいし、2分でやめてもいい」

彼が独学の道を選んだ背景には、一つの困難があるという。それは「集中して本を読むのが大の苦手」であること。

「本を読んでいると、書かれている言葉から連想されることが頭の中で膨らんでいって、どんどん脱線してしまうんです。結果、本の内容と関係のない分野に思考が行ってしまうのですが、それを我慢するのがすごく気持ち悪い。どうにか克服したくて色々と工夫を重ねました。その一つがスキミングです」

読書法としてのスキミングは、文章の中から必要な箇所だけをすくい取って読むことを指す。一冊の本を最初から最後まで、ページの順番通りに、すべて読まなければいけないと思い込んでいるから、読書が苦痛になる。本の読み方を誰かに習う機会はなかなかない。自分に適した読み方を見つけ出すのも、独学の一種だ。

「情報技術や物流の変化などによって、世の中に文献が爆発的に増えて、量を読むのが大変になるという事態は歴史上何度も繰り返されてきています。だからスキミング自体は昔から存在する技法。人間というハードウェアの制約は変わらないので、古代から伝わる方法が現在でも有効であることは少なくない。それを学ぶことで、古くて新しい方法を再発見できるんです」

哲学はすべての知を司る?
大学選びで失敗した過去。

だがそもそも「本を読むのが苦手」という悩みから「古代の叡智に学ぼう」という発想に至るのは、ずいぶんと飛距離があるように思える。その跳躍をもたらしたものは何なのか。

「小学校3年生のときに参加した野鳥観察会で、生物学者のおじいさんに出会ったんです。そこで虫や魚、鳥といった生き物はバラバラに存在しているのではなく、結びついていること、そして彼自身の学問遍歴がそのつながりを追いかけて広がっていったことを教えてもらいました。何かを知ることとは、そうしたつながりを辿ることにほかならないんだ、と」

〈井の中の蛙の頭上にも空がある。空は世界に広がっとる。目の前のもん、しっかり離さずたぐりよせてたら、いつか広いところに出るやろ。そうやって生き物ぜんぶのことを考えるようになったんや〉(『独学大全』より)。

老生物学者の言葉は学びの強い動機づけとなった。そしてこの出来事の後、コンピューターと出会い、プログラミングを知る。

「思い描いた通りにプログラムが動くことがものすごく面白かった。子供がスイッチを入れたらライトがつくのを喜ぶように、自分が働きかけたことで、小さいモニターの中だけとはいえ、世界がガラッと変わる。その感覚が楽しくてのめり込みました。でもコンピューターを教えてくれる人は周囲に誰もいなかったので、自分で本を読んでプログラムを組んで、と試行錯誤するしかなかった。そうと自覚したのはずいぶん後ですが、これが私の独学の始まりでしたね」

今や小中学校で必修化されたプログラミング学習だが、当時はもちろんそんな時代ではない。何かの役に立つなどとは考えず、ただ興味の赴くままに自分で学んでいった。大学進学の際にも「文系理系、関係なく、何でも学べそうだから」という理由で哲学科を選んだ。

「これは失敗でした。アリストテレスのように哲学がすべての知を司っているイメージで進学したのですが、哲学科では専門分化した哲学を学ぶんですよね。学術研究を志すなら当たり前なんですが、自分には向いていませんでした。知りたいことを丸抱えしてくれる分野がないなら、いくつもの分野を横断して学ぶしかない。そうやって、それぞれの学問がどう配置されてつながっているかを知っていくことは、飽きっぽくて興味が拡散しがちな自分の性質を制御することにもつながったんです」

読書猿の直筆メモ
アイデアも計算も文献タイトルも何でも書く。
読書猿の直筆メモ。この時点で表にしたり、見出しを立てたり、矢印で関連性を示したり、すでに思考の整理が始まっている。「チャート式『社会を変えるとは』」の表や、ハミルトン関数の計算式、「わからないこと わかること 調べればわかること 調べるだけではわからないこと」「最大原理の使い方」など抽象的な思考の形跡も書きつけられている。