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歴史データベース開発企業COTEN。歴史を学び、伝える理由 〜後編〜

歴史とは人類が歩んできた営みの記録である。その有用性に着目し、歴史データベースの研究と開発を行っているのが株式会社COTEN(コテン)。同社の深井龍之介さんと楊睿之(ヤンヤン)さんは歴史を勉強するのに加え、ポッドキャストを通じてその面白さを広める活動もしている。彼らはなぜ歴史を学び、伝えるのだろうか?前編はこちら

Illustration: Peko Asano / Text: Hiroaki Morino , Ruizhi Yang

多くの具体例を学び
普遍的な推論を得る

もともと『COTEN RADIO』は、企業としての広報活動の一環でもありながら、歴史を勉強することの価値を広めたいという目的があって始めたもの。それが今や大人気番組となり、『JAPAN PODCAST AWARDS 2019』では大賞とSpotify賞をダブル受賞。

支持を集めるのはコンテンツとして歴史が人気ジャンルだから、というだけの理由ではない。どんなテーマであれ、毎回の「見立て=切り口」の鮮やかさによって、歴史好きではなかったリスナーにも歴史を学ぶことの新鮮さと面白さを伝えることができているのだ。

例えば、時代を縦断した「人類のコミュニケーション史」をテーマにした回は、こんな切り口で。

神聖ローマ帝国時代、宗教改革の中心人物であるルターは教会の門にカトリックへの批判文を掲示した。この一枚の紙は、当時革新的だった活版印刷の技術により複製が可能になったタイミングだったからこそ、大衆へと拡散された。

この歴史的な事柄を「今でいうSNSでリツイートされまくったのと同じ感覚」と説明。その流れで宗教改革を「炎上の元祖」と見立て、インターネットは人類のコミュニケーション史において「匿名性の情報に価値が生まれた現代の大転換点」と楽しそうに語る。

また、各エピソードのタイトルにもユニークな見立ては表れている。「しくじり聖者・ガンディー─ポンコツすぎる弁護士時代」「ヒトラー、30歳。ニート・無職・自称芸術家」など、歴史上の人物たちの、教科書には載らない人物像を紹介し、歴史を楽しむだけでなく、深い理解へと導くヒントを示すのだ。

深井龍之介

見立ては勉強においても重要です。事実は事実として認識したうえで、そこにどんな面白さを見出せば示唆が深くなるか。偉人の人生というのは具体的な事例ですが、それをどんどん抽象化していって、普遍性を持った推論を得ようとしているんです。

楊睿之

いつの時代のどんな偉人でも、同じ人間という視点で捉えれば共通点がある。抽象度を上げることで、その行動原理や成否の構図が見えてきて、現代の価値観との相違が浮かび上がってきますよね。

深井

自然科学と違い、社会科学や人文科学は実験や検証ができないので、相対的にしか理解ができません。でもそれは決して意味のないことではなく、むしろすごく意味がある。

なぜなら、人間はわかっていることなんて何一つなく、誰もが推論を重ねながら生きているから。であれば、比較対象を持っていればいるほど強いはず。

三蔵法師も、エリザベス1世もチンギス・カンも、並べて比較することができるし、そこから抽出したサンプルが蓄積されることで、現代社会に対する理解の解像度はどんどん上がる。僕らが歴史を学ぶ意義は、まさにそこにあるんです。

COTEN式 歴史勉強術:2
一つのテーマで大量の資料を読み込む。

出版年や形態を問わず、関連資料は量を揃えるべし。『COTEN RADIO』で「第一次世界大戦」をテーマにした回では、ここに並べた49冊を読破。

分厚い専門書にカラー図版、特定の人物に迫った新書のほか、アインシュタインとフロイトによる『ひとはなぜ戦争をするのか』といった戦争そのものを考察する本も入っている。

“見立て”で歴史はもっと面白くなる!

自分とは無関係に思える事件や人物も、角度を変えればグッと身近に。偉人たちの意外な共通点や、繰り返される歴史の裏にある人間の心理。今の常識だって、歴史的に見ればつい最近できたものかもしれない。
すべての過去を並べられる現代人だからこそ、見立てが可能なのだ。

人類が初めて経験した悲惨すぎる国際交流

第一次世界大戦

第一次世界大戦が起こるまでの約半世紀は、英仏独露伊などの列強が覇権を争う帝国主義の時代でした。
同時に、貿易や投資、金融面でも国同士が急接近を果たし、鉄道と電信の発達とも相まって、国と国の距離がどんどん縮まっていったグローバルの時代でもあります。

しかし、密な付き合いが即座に国際交流を生むわけではありません。これらは国同士の摩擦も引き起こし、警戒心と敵対心も増幅。

この時点での人類は、このようなグローバル化がもたらす問題に対して、適切に対処するスキルも経験も持ち合わせていなかったため、あちこちでくすぶっていた利害対立の火種は、最後サラエボ事件によって一気に誘爆し、全世界を巻き込む戦争に突入していったのです。

グローバル時代を象徴する技術であった鉄道と電信も続々と戦場に投入。鉄道によって巨大な兵力と武器・弾薬を短期間に集結させ、大規模戦闘を行うことが可能になりました。
その結果、一つの戦いで数千万発の砲弾が使われ、死者数が数万に上るような悲惨な状況が現れたのです。

また、電信によって軍隊の状況をリアルタイムで統括する参謀本部が発展し、より大量の敵を、より効率よく殺傷するための軍事行動が可能となりました。
人類が初めて経験する世界規模の国際交流が、弾薬で殴り合う戦争になったのは、なんとも皮肉な歴史です。

第一次世界大戦 イメージイラスト

「仏教=国防」だった古代日本

仏教

私たちはなぜお守りを買うのでしょうか。それは安心感を得るためです。御利益が現実の課題を本当に解決してくれるかどうかはあまり関係ありません。お守りに投資すること、それを身に着けること、それ自体が重要。

この安心感に莫大な国家予算を投じて国を治めようとしたのが、奈良時代の聖武天皇です。
彼が建立した東大寺の大仏は、当時の日本では最強クラスの安心感を備えた巨大なお守り。疫病や天災、飢饉で人が簡単に死んでしまうような時代。

今の時代であれば、公衆衛生や防災工事、農業技術で対応するところですが、すべてが怨霊の仕業だと信じられていたこの時代では、怨霊をはね返し、苦しみを取り除き、国を守り、安定させるパワーを持つ仏教こそが最先端の福祉であり、国防の役割を担っていました。

だからこそ、聖武天皇はあんなに大きな大仏を、お金も労力も惜しまず、建立したのです。
さらに、全国各地にもお寺を建て、国家公務員である僧侶を育成し、祈願させました。少しでも値段の高いお守りの方が、なんとなく御利益が高そうだからつい買ってしまう私たちの心理と同じように、聖武天皇も安心感欲しさのために、仏教事業にありったけの国家予算を突っ込んだわけです。

15m80cm、重さ250トンもの見上げるほどに巨大な仏像は、そのまま彼の不安の大きさでもあるんですね。

古代日本 イメージイラスト

社会不適合者の超インフルエンサー

吉田松陰・ルソー

幕末を生きた武士である吉田松陰と、18世紀の哲学者ジャン=ジャック・ルソー。2人とも私たちが生きる今の世界に絶大な影響を与えています。

松陰の門下生たちは倒幕と明治維新に参加し、その中から初代内閣総理大臣の伊藤博文はじめ多くの国務大臣が誕生、現代の日本に繋がる重要な活躍を果たしています。
一方、ルソーが『社会契約論』で説いた自由と平等の思想はフランス革命の導火線となり、おかげで今日の私たちは人権と民主主義を享受できています。

しかしこの2人には、もう一つ別の共通点があります。それは生きづらさを抱えていたこと。松陰は犯罪と入獄を繰り返し、士分を剥奪され、果ては老中暗殺を企てた罪で処刑されました。
ルソーは若い時から盗みの非行に走り、最期は精神を患い、貧困の中で亡くなっています。300年の時を経て、今なお影響力を発揮し続けるスーパーインフルエンサーたちは、実は生きている間ずっと、社会不適合者だったのです。

彼らは社会的成功を目指して賢く器用に生きたわけではなく、自分が最もエネルギーが湧くことを優先しただけ。それが期せずして後世の社会に適合したのです。
評価基準なんて、時代によってバラバラに揺れ動き、誰も予想がつかない。であれば、今この瞬間、最もエネルギーが湧くことに人生を集中してみるのも価値ある生き方なのかもしれません。

社会不適合者の超インフルエンサー イメージイラスト