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歴史データベース開発企業COTEN。歴史を学び、伝える理由 〜前編〜

歴史とは人類が歩んできた営みの記録である。その有用性に着目し、歴史データベースの研究と開発を行っているのが株式会社COTEN(コテン)。同社の深井龍之介さんと楊睿之(ヤンヤン)さんは歴史を勉強するのに加え、ポッドキャストを通じてその面白さを広める活動もしている。彼らはなぜ歴史を学び、伝えるのだろうか?

text: Hiroaki Morino

COTENのウェブのトップページには「人類が、人類をより深く理解することに貢献する」と、その理念が掲げられている。
中学・高校時代の経験から歴史は暗記ものというイメージも強いが、彼らは受験勉強とはまったく別の理屈とアプローチで歴史を学ぶことの面白さと重要性を見出している。

深井龍之介

現代は歴史上、最も多くの人たちが悩みを抱えている時代です。たった何十年遡るだけでも、毎日ご飯を食べられたら幸せという時代があり、死が身近だった戦国時代になると幸せについて考える余地すらありません。

今は物質的には満たされているがゆえに、総じて人々が哲学的になり、自己実現を意識するようになっています。コミュニケーション技術の発達で外部環境も目まぐるしく変わっていく現代では、どうすれば幸せになれるのか多くの人が理解できていない。

これこそ現代人が抱える大きな問題で、この難題を解決する方法の一つが歴史を勉強すること。そう思って僕らは歴史を学び、ポッドキャストを通じてそのことを伝えているんです。

多様化が進んだ個人のあり方は、歴史的に見ればアメリカ独立宣言やフランス革命で誕生した「人権」の概念がもとにある。その系譜上で、現代はある種の到達点に達したとCOTENは考えている。

深井

かつては何の疑問も持たずに生まれた境遇を全うすればよかった時代もありました。それが今は職業にも結婚にも悩み、自分自身を深く見つめ、すべて自分で決断していかなければならない。

ここで歴史の勉強が役に立ちます。例えば結婚について考えたとき、一夫一妻制がどの時代に、どんなルーツで作られ、これまでにどんな議論が交わされてきたのか、その文脈を理解することで自分自身の婚姻に対する態度が決めやすくなる。

日本の民法で一夫一婦制が確立されたのは明治31(1898)年ですが、たった100年前の制度ならそこまで重要視しなくていいかも、そう思う人がいるかもしれない。歴史を知ることで、当たり前に思っていた価値観の呪縛から解放されることは確実にあります。

また、ある問題に対して先人たちが抱いてきた様々な考えを知り、相対的に比較することで、自分の人生において判断を迫られる事態に直面したときに決断がしやすくなる。これらのことは、多様な価値観が共存せざるを得ないこれからの時代、ますます重要になるでしょう。

人の話に耳を傾けるように
歴史の断片を集めていく

では実際どのように勉強をしているのかを聞くと、「包括的に学ぶことが大切」だという。

深井

まずは登場人物の指向性と生きていた時代背景を調べます。フランス革命であれば、民衆を敵に回して処刑されたルイ16世は国王なので、そもそも国王とはどういう存在なのか、国王という概念はいつ成立したのか。

一方、市民はその国王をどう見ていたのか。その時代がどんな環境で、人々はどんな常識を持っていたのか。俯瞰的な視点を持つことで、歴史上の人物や出来事が、その時代にどのくらいのインパクトを持っていたのかが見えてきます。

当時を生きた人間の感覚が理解できるまで、とりあえず勉強を重ねていく感じ。古代であれ中世であれ、その当時の常識から逸脱した挙動の人間って、正直そこまでいませんから。

楊睿之

我々の実体験としても、相手の生活環境や経歴を聞くと理解が深まることがありますよね。それと同じことを歴史に対してもやっている感覚です。広い視点で年表や地図も読み、そもそも“革命とは何か?”ということも学ぶ。

ただ、きちんと理解するためには歴史の知識だけでは足りないので、心理学や地政学、社会学や人類学などの学問も同時に勉強して、理解の助けにしています。

そうした学問の論理で歴史を紐解いた結果わかったことの例を、一つ挙げてもらった。

深井

恐怖の感情は再現性が高い、ということですかね。防衛反応としての行動はどの時代にも共通します。

日本の戦国時代に裏切りが多いのは、お互いに相手の考えがわからない不安から来ていて、第一次世界大戦が勃発した原因も基本的にはこれと同じ。合理的に考えれば和睦を結んだ方がメリットはあるのに、相手への恐怖心からその選択ができない。

歴史のケーススタディを勉強したら、人類は昔から同じパターンを繰り返していることがわかりました。

歴史データベース開発企業 COTEN 代表・深井龍之介、広報・楊睿之 
COTEN代表の深井龍之介(中央)、広報の楊睿之(右)。

推論である以上
絶対的な正解はない。

勉強のベースとなるのは、一つのテーマで膨大な量の資料にあたること。
彼らがパーソナリティを務めるポッドキャスト番組『COTEN RADIO(コテンラジオ)』では、毎回テーマを決め、収録までにひたすら関連書籍を読み、映像資料を視聴する。「アメリカ開拓史」の回では参考文献39冊、「第一次世界大戦」では49冊、といった具合だ。

たとえ扱う事象が同じでも、執筆者によって評価が違っていることがよくあります。1冊だけを読んでも、そこに書き手のどんな恣意性があるかは見抜けません。なので1冊より3冊、10冊より20冊と、量はあった方がいい。

深井

一つの意見が全貌だと思ったらそこで終わってしまう。文献によっては著者の感情が強く表れているものも少なくありません。歴史について書かれた本だと思って読み進めると、急に現代の政府に対する批判が始まったりとか。

個人の感情や政治的な意見は、普段の生活の中では必要なことですが、歴史を勉強するにあたってはノイズになるんです。

量を読んで気づいたこれらのことは、自分たちが送り手の側になるポッドキャストの番組で話すときにも生きています。なるべく自分たちの政治的意見は言わないようにしているんです。

深井

共和政ローマ期の政治家カエサルも“人は好んで己が欲するものを信じる”と言っていますが、なるべく自分の中での偏見を減らすためにも、量を読むことは重要ですね。

歴史の場合、あまりに昔のことだったり、実証できる文献が残っていなかったりすると、どうしても専門家による推論の部分が多くなる。それはそれとして絶対的な正解がない分、話を盛りやすかったりもするんです。

でもそこで諦めるのではなく、大量の情報を仕入れ、それを相対化することで専門家たちの間でどのくらい認識の幅があるのかを勉強する。数多く比較することでこれは正しそう、これは間違ってそうというのは意外と見えてくるもの。

完全な理解は、完全な放棄とほぼ同義。わからないけれど、わかろうとしながら生きていくことが、学びの本質なんじゃないかと思います。

膨大な数の資料に囲まれ、たくさんのインプットを重ねることで情報の整理が難しくなる、というようなことはないのだろうか。

深井

それは逆ですね。勉強をすればするほど整理もしやすくなります。
これは一つのテーマでたくさんの資料を読むということではなく、時代を横断して歴史全体を捉えるための量という意味ですが、ある程度の量をこなすと、自分の中でグルーピングが生まれ、類型化できるようになります。

たとえそのグルーピングが正確でなかったとしても、何かと比較をしたり、位置づけたりするときの手がかりにはなる。例えば権力者について考えるとき、別の時代や別の条件ではどうだったのか、権力構造の仕組みを類推することでより深い理解へのヒントが得られます。

カエサルも織田信長も2人とも部下に殺されているのですが、彼らは急速に権力を獲得したくさんの敵を作っているという共通点があります。

一方で彼らの後釜に座ったアウグストゥスや徳川家康はそれぞれ天寿を全うしています。これらのケースをなるべく多く見ることで、どういう環境下でどういう人間が何をすると何が起こるのかを類推しやすくなります。事例の数はあればあるほどいいんです。

COTEN式 歴史勉強術:1
学問の理論も使って、
歴史の普遍性と時代の感覚を得る

「フランス革命」など歴史的に重大なテーマほど、俯瞰的に捉えるべし。宗教学、経済学、心理学など多ジャンルの学問から知見を拾い集めることで、裏側にある歴史の普遍性を導き出していく。
特に当時の市民たちの価値観を理解することは、歴史を学ぶうえでとても重要。

フランス革命を描いた絵画
フランス革命

宗教学
・キリスト教が定義した世界
・聖書はどう読まれていた?

経済学
・当時の税制は?
・貴族と大衆の経済格差
・大衆の暮らしは?
・イギリス産業革命との関係

コミュニケーション学
・演説と社会運動
・革命の思想はどう伝わった?
・当時の情報伝達手段は?

社会学
・当時の身分制度について
・ブルジョワジー
・革命における「成功」とは?
・ユースカルチャー

思想史
・啓蒙思想
・社会契約論
・百科全書
・自由、平等、友愛

政治学
・身分階級制度
・絶対王政
・封建主義
・当時の権力構造

哲学
・イデオロギーと行動原理
・人権という概念の誕生
・当時の人々にとって幸福とは?
・人々は何に悩んでいた?

心理学
・「死んでもいい」という覚悟
・集団心理のメカニズム
・どんな状況で「革命」は起きる?

地政学
・大航海時代と植民地政策
・アメリカ独立戦争との関係
・英仏の対立構造
・その頃、日本では?