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十人十色の日用品考。あの人が使っている文房具

作られる過程やストーリーに思いを馳せる人もいれば、機能やデザインをとことん追求する人も。生活に溶け込む日用品には、それを選び使っている人自身が滲むもの。人がものを語る以上に、ものは人を語ります。

photo: Mie Morimoto, Yoichi Nagano, Keisuke Fukamizu / text: Hikari Torisawa, Masae Wako

菊池亜希子さんの色鉛筆

仕事のメモも子供の絵日記も、色鉛筆で。いつでも持ち歩いている函入りセット。

これを手に入れるまでは色鉛筆を輪ゴムで縛って持ち歩いていた。「今一番欲しいものはこれの72色セット。2段になった木箱入りでかっこいいんです」。クロッキー帳は、建築を学んでいた高校時代から、数サイズを使い分けている。

「今描いているのは、娘が拾ってきたどんぐり。新しい子供服ブランドのために刺繍の図案を考えています」と語る菊池亜希子さんの鞄には、いつも色鉛筆が入っている。

「ふと思いついたアイデアや子供のこと、絵日記や仕事のイラストも、頭の中のものを絵として再現するときに色鉛筆を重宝しています。ペンや鉛筆、水彩を混ぜたり、コピックを使ったり、いろいろ試してみたけれど、私には色鉛筆が合っているみたい。なかでも〈ファーバーカステル〉は、ニュアンスのある色も多くて、塗り重ねるうちに優しくイメージが広がっていく感じ。よく使う色や好きな色を加えていったら、36色のはずが38色入りになっていました」

18世紀半ばに鉛筆製造をスタートし、やがて鉛筆の太さ、長さ、硬さ、形状の世界的基準となる商品を発売したドイツの老舗筆記具メーカー。菊池さんが選んだのは油性の太芯を備えたポリクロモスだ。

「丸みのある軸が手に馴染むし、入りは軽くて持ち運びやすい。こんなふうに、機能を追求した結果無駄のない美しさに着地したようなプロダクトデザインに心惹かれます。メーカーは違うけれど、愛用の鉛筆削りも製図ペンもドイツ製。丈夫で機能的で、大好きです」

平林奈緒美さんの仕事道具

ポストイットの端のヘロヘロのような小さな不便を解消する仕事道具。

なんでもかんでも、色のない平ゴムでまとめて整理している。
スウェーデンの業務用カッター。手前は鉄製のガムテープ用。
ロールテープ型のポストイット。蛍光イエローか白のみ使う。
〈シャーピー〉の油性ペンと〈Bic〉の蛍光ペンを大量買い。

「身の回りのものを選ぶ基準は、機能を満たす単純な作りと、加飾としてのデザインが極力排除されていること。モノトーンが多いのですが、自分の中で蛍光イエローは“色”ではないので、ありなんです」

簡潔なグラフィックで知られる平林奈緒美さんのジャッジは明快だ。テープカッターはテープを引っ張っても動かない重さ、ガムテープ用は側面にホコリがつかないことがマスト。理想に近いものを見つけても、色が気に入らず、10年近く探して先日やっとこの色を入手した。

「ポストイットは、貼った時に端がヘロヘロするのが不便だと思うことが多くて、全面糊付けタイプを探して主に海外で買っています」

些細な不便を放置したくない。だからひたすら探す。素敵なものだけ置いてある店やネットより、通販の〈モノタロウ〉検索に萌えるタイプ。ポストイットも蛍光ペンも、恥ずかしくなるほどの数を買っては試し、やっと納得いくものに辿り着いた。

「デザインの仕事がゼロからの創造ではなく、お題を解決することで成り立つように、不便を解消しようとしたらいいものに行き着いたというのが実際のところ。で、気に入ったら基本は箱買い。精神的に、予備がないとダメなんです」

津原泰水の万年筆

静謐さと美しさに満ちた小説世界は
手作りの万年筆から生み出される。

カスタムメイドした万年筆。ペン入れで持ち運ぶのでクリップはなし、転がり防止のスタッズ付き。イカ墨インクはすぐに乾くので手でこすってしまうこともない。手前の万年筆はパイロット Jスタム823。こちらも癖に合わせ研がれている。

津原泰水さんが愛用するのは〈万年筆博士〉の、黒檀の万年筆。

「仕事で訪れた鳥取で地元の方に教えてもらって誂えました。僕のペンを持つ角度や書き癖のみならず、筆圧や筆速に合わせたインク量となるようにペン先が研がれています。インクはイカ墨セピア。レンブラントのペン画やダ・ヴィンチの手稿と同じ、本物のイカ墨のインクなので、永久に薄れません。減るとモンブランの古い瓶に移して使っています」

短編『水牛群』で「うずくまって空を見上げている獣みたいな形」と形容された、あのインク瓶だ。

「高校時代に、父親がおさがりをくれて万年筆を使うようになりました。力任せに書いてペン先をダメにしてしまったものも多いのですが、これはもう10年使い続けています。でも作品によって、例えばコミカルなものをいたずら書きのような気分で書きたい時などは、シグノの顔料インクのボールペンに持ち替えます」

筆が止まればキャップをし、書き終えるたびペン先を洗い、インクを充填して文字を書く。

「それを手間と思うかどうかですが、まぁ保守的なんですね。道具に手をかけて長く使うのが好きなので、30年前と同じ服を着ていると驚かれたりもしています」