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蜂の子やネズミだって立派な食べもの!超雑食・無差別食いしん坊が探る食文化の叡智

人の数だけ食べ方がある。こだわり濃縮、蘊蓄(うんちく)炸裂の快食美食の数々をご覧あれ。超雑食・無差別食いしん坊3人、民族学者・石毛直道、農学博士・小泉武夫、写真家、ジャーナリスト・森枝卓士に聞いた、食文化の叡智。

初出:BRUTUS No.688「美味求真」(2010年6月15日発売)

illustration: Kei Hagiwara / text: Kosuke Ide

「関西人は納豆が苦手」「韓国人は辛いもの好き」「中国人は生食を避ける」などなど、広く知られた通説も合わせて、国や地域共同体の文化が違えば、そこで食べられているものや嗜好性が違うということは、多くの人々が体験的に知っているだろう。しかし、その実際を正面切って「学問」として研究しようと考えた人は決して多くはなかった。

1969年、『食生活を探検する』という書を著して未開拓の地に分け入り、現在に至るまで大きな業績を残している石毛直道は、この分野の偉大なる先人とも言える存在である。

石毛直道

「われわれの知識というのは、日常茶飯事の情報というのはあまり重視しない。もっと抽象的な、政治とか経済だとか、高尚な芸術家のことはよく知っている。海外の国の大統領の名前を知っていても、そこの国の人が普段、朝飯に何食っているかと言われたら、答えられないわけです」(『考える胃袋』)

『考える胃袋 食文化探検紀行』石毛直道・森枝卓士/著
『考える胃袋 食文化探検紀行』石毛直道・森枝卓士/著
食の世界にこだわり、知的好奇心を注ぎ込んできた、この道の先駆者である民族学者とフォトジャーナリストが、世界各地での豊富なフィールドワーク体験から得た成果と蘊蓄を語り合う対談本/集英社新書。

京都大学の考古学科で学び、探検部に所属した石毛は、トンガやニューギニアなど海外各地で学術探検を行ううちに民族学(文化人類学)に興味を持ち、その代表的な研究方法であるフィールドワークを本格的に始める。調査においては、調査対象となる地の人の家に居候し、現地の人々の家庭生活に入り込んで、その様子を克明に記録する。

もちろん、食べ物は彼らと同じものを食べる。「鉄の胃袋」の異名を持つ男、石毛はどんなものでも食べた。その体を張った調査はなかなかにすさまじい。タンザニアの奥地、マンゴーラという村でハッザという狩猟採集民の調査をしていた石毛は、驚くべき食べ物に出会っている。

石毛

それからハッザが、積極的に調味料として使うものが一つあるんです。何かといったら、クサムラカモシカなどの草食動物の腸管の中身をしごいたやつです。腸の内容物というといい言い方だけど、別の言い方をしたら製造過程にあるウンコですからね(笑)。それを肉につける。茹でるときの湯に放り込む。彼らにとっては、おいしく味をつける調味料です。しかし、わたしにとってはですね……。

森枝卓士

悪臭をつけてる?

石毛

糞の臭いがするのと、それからもう一つは、胆汁が混ざっているから苦いんですよ。こんなもの入れない、ただの水煮とか、ただの素焼きの肉の方が、まだマシなんです(笑)」(『考える胃袋』)

動物の糞までも食物になるのだからやはりアフリカはすごい、などと思って安心してはいられない。石毛によれば、こういった習慣はあちこちにあり、日本のマタギにも野ウサギの腸内の糞を使った料理があるという。ともかく、食の世界では、ある人にとっては臭くてたまらないものが、別の人にとっては食欲を大いにそそる芳しき香りであることは珍しくない。

その名も『くさいはうまい』という著書を持つ小泉武夫は、石毛の「鉄の胃袋」に倣って「鋼の胃袋」と呼ばれた、これまた超人的雑食フィールドワーカーである。発酵学、微生物研究を専門とする小泉は発酵食品を求めて歩く。キムチに納豆、味噌、チーズ、塩辛、熟鮨(なれずし)など、多くの発酵食品は「臭い」ことを特徴とするが、保存性が高いこともその特徴である。

細菌や酵母、カビなどの微生物の働きにより腐敗を防ぎ、食料資源を長く持たせてきた発酵食。では微生物の生息しにくい北極圏などには存在しないのか?

答えは否。小泉は、カナディアン・イヌイットが食べるキビヤックという発酵食の存在を記している。この食べ物は、巨大なアザラシの腹の中に数十羽のアパリアスという海鳥を詰め込み、土中に埋めて3年間発酵させたものである。

小泉武夫

「まずドロドロと溶けた状態のアザラシの厚い皮に被(おお)われたアパリアスを取り出し、尾羽根のところを引っぱると尾羽根はスポッと簡単に抜けます。次にその抜けた穴のところからすぐ近くにある肛門に口をつけ、チュウチュウと発酵した体液を吸い出して味わうのであります。

体液はアパリアスの肉やアザラシの脂肪が溶けて発酵したものなので、実に複雑な濃い味が混在しており、極めて美味であります。ちょうど、とびっきり美味なくさやにチーズを加え、そこにマグロの酒盗(しゅとう)(塩辛)を混ぜ合わせたような味わいだと思いました」(『くさいはうまい』)

『くさいはうまい』小泉武夫/著
『くさいはうまい』小泉武夫/著
甘酒、くさや、ヨーグルト、塩辛納豆、ナタ・デ・ココ、鰹節、ピクルスなど発酵食品の機能性について詳細に記した『滋養たっぷり物語』と、臭い食べ物に関するエッセイ『くさいはうまい』を収録/文春文庫。

自然環境上、新鮮な野菜や果物からビタミンを充分に摂取できないイヌイットたちはセイウチやアザラシなどの生肉を食してビタミンを補給することで知られるが、彼らはさらにキビヤックを食べることでも、発酵微生物群が生成した各種ビタミン類を摂取していた。まさに、気候風土が生み出した、驚くべき生活の知恵である。

かように、食文化というものが土地の気候風土と密接に結びついており、栽培可能な作物や飼育可能な家畜などから規定されることは間違いないところである。

しかし、「食の文化人類学」にはもう一つ、食のタブー(禁忌)という問題も残されている。フォトジャーナリストの森枝卓士は、各地での豊富な取材体験をもとに、この問題について考察している。ヒンドゥー教は牛を食べない。ユダヤ教やイスラム教では豚を食べない。生き物を傷つけることを禁忌とするインドのジャイナ教では、食べることが植物の殺生につながる球根類ですら口にしない。何を食べ、何を食べないのか。

この問題は、逆に言えば、「ゲテモノ」とは何かという問いにまで繋がっている。信州の伊那では蜂の子や蚕(かいこ)を食べるし、中国・広州では、「4本脚で食べないのは机と椅子だけ」という。ラオスではネズミだって立派な食べ物だ。

森枝

「ずいぶんと前、これまた『ゲテモノ食い』では人後に落ちないタイ人と、タイの市場を歩きながら、タガメやカエルやアリの幼虫など眺めて、『まったく、君たちタイ人はゲテモノ食いだねえ』と呟いたことがあった。

すると、その友人はすぐに反撃した。

『何をいいます。アナタは馬を、刺身で食べるっていうでしょ?そんなヒトにとやかくいわれたくはない……』

魚を姿のままに盛り付け、それがぴくぴく動くのを見ながら、『おお、新鮮だ』と喜ぶのも、多くの非日本人にヘンだと思われるようだ。ま、お互い様と思ったほうがよい」(『食の冒険地図』)

『食の冒険地図 交じりあう味、生きのびるための舌』森枝卓士/著
『食の冒険地図 交じりあう味、生きのびるための舌』森枝卓士/著
「食べる」とは何だ?世界を駆けるフォトジャーナリストがやさしく語る、21世紀を生きのびるための食の学び。イラストは『包丁人味平』で知られるビッグ錠による描き下ろし。付録「食の世界地図」/技術評論社。

近年、西欧人の多くが鯨を食べないことを背景にした、一つの摩擦が大きな話題となったことは記憶に新しい。多様な共同体の内部で共有された食の技術や規範を探るフィールドワーカーたちの存在は、グローバルな社会の中で、その役割をさらに増すだろう。異なる食文化の叡智を理解し、互いを尊重するために必要なのは、彼らのごとき「超雑食・無差別食いしん坊」的態度なのだ。

石毛

「しょせん、動物が生きるということは、他の生命を奪うことだ。草食動物だって、植物の生命を奪って生きている。生命を奪うことの後ろめたさにたいして、いろんな理屈をつけて、この動物は食うことが許され、あの動物は保護しなければならない、などというのは人間の思い上がりというべきものかもしれない。環境保全とか、自然保護の意義に異をとなえるわけではありませんが……。

人間の生命も、他の生物の生命も同等だ。人間だけが特権を持った生きものではない。偽善を排して、生命を奪って生きることは、人間を含めた動物の業(ごう)なんだ、ということを直視すべきでしょう」(『考える胃袋』)

まだまだあります。世界の食文化の叡智を知る5冊

超雑食・無差別食いしん坊3人が選ぶ一品