ドラマには描かれない、
大人のリアルな苦悩に寄り添う
「あみ子の真面目さは“親や先生に言われたことを守る”という、学校教育で求められる真面目さなんです。そういう真面目さって社会で働きだした途端に“全部、自分の意思で決めたんだよね?”と手のひらを返されてしまうんですよね」
作者の冬野さんは、『まじめな会社員』というタイトルに込めた意味をそう語る。将来のために就活に有利な学部を選び、福利厚生のしっかりした会社に入る──両親や周囲の期待に応えながら堅実な人生を歩んできたものの、当のあみ子本人はなかなか自分の幸せを見つけることができない。
「読書会に参加したあみ子が、過剰なまでに年長者の話を“はい、はい”と目を見て聞いたり“すごいですね”と相槌を打ったりするのも、別にやりたくてやっているわけではなくて、あみ子は良識ある社会人としてそうするべきだと思っているんです。でも、それが“気に入られたいからアピールしている”と受け取られてしまう。大して応えなくてもいい周囲の期待に応えようとしたり、無意識に損な役回りを選んだりするのが身についてしまっているんです」
そんな“真面目”な人生を歩んできたあみ子だが、会社の同僚の綾や書店員の今村など自由な生き方をしている友人と出会い、コンプレックスを抱きながら自分の生き方を見つめ直していく。
「昔、たまに街で見かけて“この人、素敵だな”と思った人がファッション誌のスナップページに載っていることがあったんです。肩書を見るとやっぱり美容系や服飾系の学校に通っていたりして。あみ子の友人の綾ちゃんはそういう“羨ましい、自分もこうなりたい”という憧れも“やっぱり自分はこうはなれない”という落胆も、全部を与えてくる存在として描きました」
愚痴を言い合える友達。
冬野さん自身も、1年前までは一般企業の事務職として働いていた。職場での実際の経験もストーリーに反映されているという。
「事務って、仕事として認められている空気は薄いと思うんですよね。細かく自分の仕事の見直しをしているから時間内に終わるのであって、楽だから早く帰れるわけじゃない。特にコロナ禍になってからは、自宅でできる裁量権が大きい仕事と、オフィスで雑用をしないといけない仕事の差がはっきり見えるようになって、しんどいなと思いました。そういう状況で、事務として小さいながらも非常に重要な仕事をしているんだ……という矜持を持って働くのがますます難しくなっている。そういうのは伝わってほしいなと思って描きました」
物語の終盤では、30代半ばを迎えたあみ子の副業や転職活動のリアルな悩みも描かれる。新たなチャレンジには不安もつきものだが、ここには冬野さんのこんな思いがあった。
「女性で30代半ばから異業種でリスタート、というと世の中的には“大丈夫?”と思われがちなんですけど、周りを見ると35歳前後で新しい道に進む人もけっこういるので。新しい“あるある”みたいな感じで、そんなに重い選択じゃないよっていうのも伝わってほしいですね。“リスクを負わないと成功できない”みたいな話はドラマの世界の話で、小さいことから始めて軌道に乗ったら本腰を入れてやりたい仕事にシフトする……という選択をとる人の方が実際は多いと思います」
あみ子の仕事や人間関係の悩みはもちろん、両親の介護や都市と地方の格差といった現実的な問題も描き切った。
「私自身、ポジティブで前向きな作品を見ても“じゃあ私も頑張ろう”とは思えないタイプなので……。そういう作品には描かれない部分を描こうと思いました。キラキラしたエンターテインメントももちろん必要だけど、私は“あんな世界、嘘だよね”という気持ちで描いています(笑)。気持ちが塞ぎ込んでいるときに愚痴を言い合える友達みたいな作品かな、と思っています」