「大好きな親父と暮らした昔の家の記憶を復元した、なんていうとロマンティックすぎるかな。イームズの家具はあるけど、ミッドセンチュリーを蒐集したいわけではない。1960～70年代に少年時代を過ごした自分の中に今も残る、リアルな時代性を空間にしただけです」
随所にモダニズム建築の精神が感じられる建物は、入川ひでとさんがサーフィンや釣りを楽しむ週末の家。前川國男の弟子筋が60年代に設計した平屋住宅だ。入川さんがここを見つけた9年前、実はボロボロの廃墟状態で、それを1年かけて「リバイバル」した。
和洋折衷のモダニズム建築。1960年代後半に設計された平屋住宅。水平に延びるプロポーションや、床を1mほど上げた構造、天井まで届くサッシなどに海外のモダニズム建築の影響が感じられる。屋根は瓦葺き。雨樋を庇の下に隠し、直接見えないようにしてあるのがすごい。 
60年代のモダンリビングを復元。イームズのシェルチェアはこの家に合う色に塗装、ラウンジチェアは実家と同じキャメル色を選んだ。正面はJBLのスピーカーシステム《パラゴン》。天井のクロスや照明は当時のまま。カーテンとレースは生地が縮むほど何度も洗って復元させた。 
球体に入ったブラウン管テレビ。直径15cmほどの球体に入ったブラウン管テレビは知人の作品。デジタル放送になるまでは映っていた。「僕にとっては“万博”の象徴。日本中が明るい未来を夢見てワクワクしていた時代のシンボルですね。あの時代の高揚感を思い出させてくれる」 
伝説の航空会社、ブラニフのポスター。玄関にはかつて「夢のエアライン」と呼ばれたアメリカのブラニフのポスター。「実家でも飛行機や鉄道のポスターをよく飾っていました。ダイナミックな写真やイラストとタイポグラフィの組み合わせが好き」。海外のオークションで探すことが多い。 
リノリウム床の柄のカーペット。フローリングの一部を切り込み、カーペットを埋め込んでフラットに仕立てた。カーペットは〈東リ〉。60～70年代に造られていたリノリウム床の柄をプリントした。「日本が豊かになろうと頑張っていた頃の建築資材に、ぐっとくるんですよね」
「リノベーションではなくリバイバル。改装ではなく復元です。復元したかったのは、ものにもデザインにも色気と希望があった当時の世界観。だから可能な限り元の内装を生かし、足りないパーツも当時のものを集めました」
床は、海外のモダン住宅を真似たと思われる合板のパーケットフロアをそのまま使用。傷んでいた壁紙は60～70年代に流行った麻クロスに張り替えた。家具も同様で、イームズのラウンジチェアは実家で使っていたのと同じキャメル色を探し、リビングには、時代を象徴するスピーカー、JBLの《パラゴン》を置いている。
好きなグラフィックを集めた場所。格子のキャビネットは元からあった造り付け。趣味の自動車やネオンサインなど街中の美しいタイポグラフィを撮影した写真をコラージュ。骨董屋で買った古い額に入れて壁に飾っている。照明は昔から好きなグローブ（地球儀）モチーフ。 
デッドストックのスイッチプレート。「この家で使われていたのと同じ時代のものを……と探しに探してようやく沖縄で見つけた」というスイッチプレート。〈ナショナル〉ブランドのデッドストック品で、ホコリがたまらないようにマイナスネジを使うなどよく考えられたデザインだ。 
ドイツ製のシステムキッチン。「日本製のシステムキッチンがまだ手に入らなかったので、ドイツから輸入したんでしょう。今は一部使えない機器もあるけれど、丁寧に復元したら使い勝手は予想以上。タイルの色もいいし、デコラ板を使った扉のデザインも、いちいちかわいい」 
〈堀商店〉の鋳造ドアハンドル。玄関ドアは、木製の格子フレームにガラスをはめ込んだもの。美しい鋳物のハンドルは、建築金物の老舗・新橋〈堀商店〉製だ。「細工の入った鉄の門扉や鋳物の金具を、バンバン作っていた時代のもの。細部まで手が込んでいてとても美しい」
「パット・ブーンやビーチ・ボーイズのレコードを聴くと、少年時代の原体験が一瞬で甦る。万博の空気感が大好きで、50回以上通ったなぁとかね。僕にとって大切なのは、楽しかった記憶と一緒に暮らすこと。それが家やものを大事にすることにつながるから」