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世界からお届け!SDGs通信 トロント編。ビーズと病気の“トレード”を模した、先住民の歴史を伝えるビーズアート

毎号、世界中から届いた旬の話題を紹介しているBRUTUS本誌の「ET TU, BRUTE? CITY」から出張企画。世界中の約30都市から、今一番ホットなSDGsに関する取り組みをお届けします。今回はトロントから!

text: Hatsuki Matsui / edit: Hiroko Yabuki

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先住民に持ち込まれた病気を作品に、〈Ruth Cuthand〉の皮肉なビーズ

Ruth Cuthand(ルース・カットハンド)は政治的なメッセージをビーズアートに込めて発信するサスカチュワン州出身の女性アーティスト。著名な「Trading」シリーズは、一見美しいビーズモチーフの作品だが、実はどれも顕微鏡で見た病原菌やウイルスを模している。16世紀初頭から始まり現在まで続く、アメリカ大陸の先住民族に向けた差別や暴力、不平等の歴史への悲しみが込めているのだ。彼女は作品を「美しくも忌まわしい」ものにすることで人の心に残すのだという。

彼女が同シリーズに込めるテーマの一つが、先住民とヨーロッパの入植者が行った「ビーズ」のトレードだ。入植期、アメリカ大陸の動物の毛皮(主にビーバー)とヨーロッパの安価なビーズの交易が行われていた。先住民族はヨーロッパのトレーダーへの毛皮入手の手伝いをする代わりに、ビーズを手に入れたというわけだ。もともと先住民族はヤマアラシが持つ棘のような毛を染色することで、ビーズを作り装飾に使用していた。それが手間のかかる作業であったため、すでに色がついたヨーロッパのビーズは彼らにとって魅力的なものだった。

だがビーズを手に入れた一方で、「病気」もトレードされることになる。ヨーロッパから持ち込まれた病気の数11に対し、彼らが持ち帰った病気はたった1つ。天然痘や結核を筆頭に、現地に持ち込まれたこれらの病気は、先住民族へ甚大な被害をもたらし、それがヨーロッパ人の入植を促進させることにつながった。ルースはこれら12の病気を、ビーズとの皮肉なトレードの象徴として作品にした。

「知ること」は共感を生み、そしてその共感は苦しみを癒やす。事実や正論の列挙だけでは人の心に残らない。彼女の「美しくも忌まわしい」作品は、先住民の歴史認知への門戸をユニークに開き、人々の心に刻みつける。

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