Visit

地球の裏までわざわざいきたい、 チリ・アタカマ砂漠のホテルたち

「世界で一番美しい星空が見える場所」といわれるチリ・アタカマ砂漠。東京から約40時間、すべての文明から隔絶されたようにも見える不毛の地に、世界に肩を並べるホテルがいくつか存在していた。険しく厳しい自然と向き合い楽しむには、ホテルの実力が大きく左右するのだ。よく遊び、よく眠る。経済成長で刺激的に変化しつつある、チリのホテルシーンを垣間見た。

Photo&Text: Numa / Coordination: Mauricio Palazzo

〈Tierra Atacama〉Hotel Boutique & Spa

〈Tierra Atacama〉Hotel Boutique & Spa
〈Tierra Atacama〉からの眺め。部屋を一歩外に出ると、あまりにも劇的な星空が待っていた。
〈Tierra Atacama〉Hotel Boutique & Spa
日が落ちると急激に気温の下がる高地の砂漠。焚き火を熾し、ピスコサワーを片手に一日を振り返る。

日常から「ほどよくかけ離れる」心地よさ

観光の拠点となるサン・ペドロ・デ・アタカマの南の外れに位置し、リンカンカブール山(先住民の言葉で「人々の山」)を望む、最も素晴らしい眺望を独占している。

“可能な限りリアルに”をテーマに、チリを代表する建築家であるロドリゴ・サールとマティアス・ゴンサレスは土壁と火山岩を使用し、この地域で古代から伝承される工法を再現した。

部屋数を32にとどめてサービスの質を高め、周囲の自然を深く感じてもらいたいとの思いから各部屋にテレビは設置していない。エクスカーションを充実させつつも休息のための環境作りを怠らない、バランス感覚に優れたホテルだ。

〈Alto Atacama〉Desert Lodge & Spa

〈Alto Atacama〉Desert Lodge & Spa 星空
ホテルの前で天体観測。町から少し離れるだけで、星空は驚くほど美しさを増す。
〈Alto Atacama〉Desert Lodge & Spa 庭園と池
日本庭園への思いが込められた池。照りつける太陽が一日を通して水面を美しく彩る。

山に隔てられたオアシスのような空間

多くのホテルが町に集中するのに対し、〈Alto Atacama〉はサン・ペドロ川沿いのカタルペの谷に隠れるように建てられた。周囲の岩や土を建材に利用しているため、建物は景色と完全に調和、景観と環境へ最大限の敬意が感じ取れる。

見どころは「アンデアン・スケープ」と名づけられた庭のレイアウト。デザイナーのベロニカ・ポブレーテは日本庭園の思想を取り入れ、アタカマ砂漠の歴史と多様性を一つの庭に凝縮した。オアシスのような6つのプール、南米トップクラスのスパ、プレミアムワインの揃うセラーなど、ゴージャスなステイをより重視するその姿勢は、アタカマでは少数派といえる。

〈Explora Atacama〉

〈Explora Atacama〉 温泉
アンデス山脈から湧き出るプリタマ天然温泉を独自に管理、運営。若い2人にうってつけ。

ディープな冒険を提案し続けるパイオニア

この8月で17周年を迎えるアタカマの老舗リゾート。居心地のいい空間とトップクラスのサービスを提供しながらも「外に出かけて楽しんでもらうことが最高のもてなし」と45の多彩なエクスカーションを用意する。

高度な乗馬から6,000m級の登山までゲストの挑戦をサポートする経験豊かなガイドたちは「部屋に戻った瞬間に眠ってしまうほど毎日疲れ切ってほしい」と語る。

8日間かけてボリビアのウユニ塩湖へ、9日間かけてアルゼンチンのサルタへ、ノマドのように旅をする「Travesía」など、ツーリズムの概念を打ち破るべくチリ初の5ツ星ホテルブランドの挑戦はこれからも続く。

〈Awasi Atacama〉

〈Awasi Atacama〉客室
先住民の家屋を再現すべく建てられたゲストルーム。約60㎡という広々とした空間を確保した。
〈Awasi Atacama〉プールとレストラン
土壁に囲まれた中庭にあるプールとレストラン。現在新しく客室2棟を建設中とのこと。

すべての希望を実現するアットホームなリゾート

「私たちはとても小さなホテルです」と謙遜気味に語るスタッフのビクトリア。計8部屋のみのブティックホテルは、一見すると5ツ星ホテルと思えない非常に質素な佇まい。しかしながらその家庭的なホスピタリティが熱狂的な支持者を生んでいる。

秘密は100%テーラーメイドのサービスにある。スタッフはゲストの希望を聞き、彼らのリクエストに忠実に応える。そのため3泊以上の滞在を前提とするが、ほとんどの場合、期待をはるかに上回る大きなサプライズが待っている。

2005年にアタカマ砂漠で誕生、2013年にパタゴニアにも開業。2016年中にはイグアスの滝に新たな空間を誕生させる。

サン・ペドロ・デ・アタカマ

粗野にして上品
この国にしかない、独特のホテルライフ

高原または台地を指すスペイン語、「アルティプラーノ」は、同時に南米大陸を南北に貫くアンデス山脈のほぼ中央に位置する高地をも意味する。山に囲まれた広大な平原はボリビア、ペルー、アルゼンチン、チリにまたがり、ウユニ塩湖やティティカカ湖、マチュピチュやクスコといった著名な観光地が各地に点在している。

この高地の南に広がるのがアタカマ砂漠だ。“世界で最も乾燥した砂漠”の一画に、先住民アタカメーニョが開いた集落があった。やがてチリの征服者として名を馳せたペドロ・デ・バルディビアによって「サン・ペドロ・デ・アタカマ」という名に書き換えられた砂漠のオアシスは、時を経て銅やニッケルなどを目当てに往来する資本家や労働者でごった返すようになった。

南米チリ、と聞いて想像するデスティネーションは普通、パタゴニアかイースター島だろう。アタカマ砂漠を世に広めたのは1950年代に入植した考古学に精通するベルギー人宣教師だ。極度に乾いたこの高地は1万年前の人類の痕跡を見事に保存していた。

精力的な発掘を行った宣教師の活動が欧米で注目され、その筋のマニアが訪れるようになる。時を前後して南米大陸を放浪するラテンアメリカのビートニクたちがアルティプラーノの絶景に惚れ込み、旅の拠点を築く。やがて宿泊施設とレストランが立ち並ぶ観光地に様変わりし、ここ10年の間にラグジュアリーホテルが次々と開業。サン・ペドロ・デ・アタカマはユニークな体験を求める旅人が目を向ける存在となった。

1990年まで続いたピノチェト元大統領による軍事独裁が終焉すると、チリは自由貿易を軸とした四半世紀にわたる経済成長を謳歌する。その影響は、ホテル業界に新たな哲学をもたらした。

風景と一体化する先鋭的な建築、自然環境と人権への配慮、5ツ星のサービス、ここでしか味わえないエクスクルーシブな体験。そこに“ラテンアメリカの英国人”を自称する合理的で几帳面なチリ人の気質が作用し、まだ南米大陸では数少ない、独創的で質の高い空間が誕生したのだ。

挑戦的な思想を提示したホテルグループ〈Explora〉が設立されたのは、奇しくも国民がピノチェト大統領に「NO」を突きつけた89年のことだった。独裁政権下のチリを自らの足で旅したオーナー、ペドロ・イバニェス氏の個人的な体験をベースとした、この国にしか存在しない特別なランドスケープをフィジカルに堪能するというコンセプトが、パタゴニア、イースター島、そしてこのアタカマ砂漠で産声を上げる。彼らは次のような表現を好む。

「私たちはホテル経営をしているわけではありません。冒険に特化した旅行会社がホテルを所有しているのです」

チリにホテルを評価する明確な基準はないが、サン・ペドロ・デ・アタカマには〈Explora〉以外に〈Alto〉〈Awasi〉などの5スター級のホテルが存在する。これら国内各地に展開するスモール&ラグジュアリーホテル群は、「Rustic(粗野)+Chic(上品)」という、南米各地に広がるコンセプトを見事に体現している。なかでも〈Tierra Atacama〉は1949年に首都サンティアゴ郊外で開業した老舗スキーリゾートを率いるプルセル一家の息子ミゲルが2008年にオープン。

〈Explora Atacama〉のゼネラルマネージャーとして働いていたミゲルはアルティプラーノの景観と冒険型ツーリズムの可能性に惚れ込み、アタカマ砂漠でホテルブランド〈Tierra Hotels〉を創設する。2010年代に入りパタゴニアとチロエにホテルをオープンさせ、未来的な建築物と南米の原風景との融合を試みる、ラテンアメリカにおける新たな旗手となった。

アドベと呼ばれる赤茶けた土壁に囲まれた〈Tierra Atacama〉。エントランスとロビー、レストランを兼ねる石壁の建物は、目の前に鎮座する標高5916mのリンカンカブール山と横に並ぶフリケス山の火山岩を使用している。到着するとすぐにエクスカーションに関する打ち合わせが始まる。

土地を知り尽くすコーディネーターがアタカマ砂漠の気候的条件や文化的背景をレクチャーし、宿泊者の能力と好みに合わせたプログラムを作成、それから部屋へと案内される。この手法は「最大の目的はホテルの外で楽しんでもらうこと」という〈Explora〉の哲学を踏襲したもの。まだ見ぬ世界への高揚感で旅の疲れを吹き飛ばす、秀逸な仕掛けも兼ねているのだ。

5ツ星のサービスに南米特有の人懐っこさが加わった〈Tierra〉の接客術は、チリでしか生まれることのない個性と断言できるだろう。日常からかけ離れた砂漠の片隅ながらも自宅のようにくつろげるようにと、スタッフは家族や親友に対するような自然な態度でゲストに接する。

「今日はどこへ? ピスコサワー飲む?」。冗談を交え一日を振り返る心地よさは、個人的な体験を交えれば、例えば大学時代を過ごした学生寮の雰囲気にもよく似ている。

別の惑星としか思えないランドスケープと、各国の天文台が軒を並べる「世界一ドラマティック」と称賛される星空。この土地に足を踏み入れる者は地球の強いオーラに取り憑かれたかのように砂漠を徘徊することとなる。刻一刻と変色する月の谷を歩き回り、大型天体望遠鏡を通して大星雲を見つけ悦に入り、富士山頂よりも天空に近い場所にワインや食事を持ち込む優雅なピクニックを楽しむ。

フラミンゴやビクーニャが屯する塩湖の畔にこまやかなサービスを持ち込む〈Tierra〉のスタッフを見て、「南アメリカにおける最上級のおもてなしとは?」という問いと回答とが同時に頭に浮かんだ。

人類のアメリカ大陸進出からレコンキスタを経て現代に至るまで、南米大陸における精神性とは「処女地に足を踏み入れる勇気」に象徴されてきた。入植者は冒険を好み、一部の成功者は歴史に名を残した。けれどもう一つの筋書きがそこに加わってもいいと思う。

それは「事実を陰で紡いだのは、確かな知識と深い情念で冒険者を支えた、名もなき人々だった」という小さなサイドストーリーだ。彼らの心意気が、今もチリのホテルに息づいている。