日本のクラフトウイスキーの
リーディングディステラリーは
今日も真面目に深化中
日本のクラフトウイスキーの歴史は、秩父蒸溜所の盟主、肥土伊知郎さんの歴史と言っても過言ではない。目白田中屋の栗林幸吉さんが肥土さんの今に迫る。
栗林幸吉
社長業と酒造りの仕事とどっちが好きですか?
肥土伊知郎
好きなのはもちろんウイスキー造りですけど、むしろ今は、現場の人間に私の経験と技術を伝える立場ですね。
栗林
それが大切なんですよ。次の世代に受け継いでいかなくちゃなりませんから。今日、第2蒸溜所と第7貯蔵庫を案内してもらってる時に、伊知郎さんが以前、アイラ島のカリラ蒸留所の経営方針が勉強になると話していたことを思い出しました。
生産量が多いにもかかわらず、ちゃんと個性があっておいしいウイスキーを安く多くの人たちに提供しているって。
肥土
何とかイチローズモルトを、飲みたい人の元に行き渡るようにしたいという気持ちは常にあります。私自身、おいしいウイスキーが飲めれば幸せなので。
栗林
今日は伊知郎さんに飲んでもらいたいものがあります。バーコードがついてない頃の「ホワイトラベル」ロットナンバー162。
肥土
かなり初期ですね。貴重なものをありがとうございます。
栗林
こんなことを言っていいのかわからないけれど、「ホワイトラベル」って年を追うごとにおいしくなっている気がして。
肥土
発売当時は原酒保有量も少なくてその中でベストを尽くしましたが、年とともに原酒も増えてベストのレベルを上げてこられたということなのかもしれません。
栗林
厚岸蒸溜所の立崎(勝幸)さんも同じようなことを言ってたな。一生懸命ブレンドしてもまだ手の内に3と4のカードしかないから、せめて7とか8があればやりようがあるんだけれどって。
肥土
今が辛抱のしどころですね。
栗林
去年の590番も持ってきたので比べてみませんか?
肥土
ああ、フルーティな香り立ちは590の方がかなり高いな。
栗林
そうなんですよ。
肥土
第7貯蔵庫がいっぱいになればさらに原酒の幅も広がります。
栗林
バラエティが広がると安定性も向上しますからね。でも、ブレンダーとしては大変ですね。主力の原酒がなくなりそうになれば、後を継ぐ原酒を膨大な中から探さなければならないんですから。
肥土
ですから私の場合は、なるべく多くの原酒をブレンドするようにしています。例えば50種類の原酒を使えば1種類が終わったとしても50分の1ので、味に大きな影響は出ませんから。
栗林
でも50種類の原酒をブレンドするとなると、逆に味を決めるまでが難しそうですね。
肥土
最初は悩みましたけど、今ではあれとあれとあれをブレンドするとこんな味になるというイメージが経験的にわかってきたので、そんなに難しくなくなりました。
栗林
やはり継続が大切なんですね。ちなみに製造の現場で一番辛いと感じるのはどこですか?
肥土
うーん、ないですねぇ。
栗林
あ、ないんだ(笑)。
肥土
設備が十分に整わなかった時代には、特にドラフ(麦芽の搾りかす)の処理が重労働で、これを毎日やっていたらいずれ倒れるなと思いましたけどね。
でも今ではそういうことはなくなったと思います。それにうちは、ウイスキーを造ることが大好きな人が集まってくれてますから。
栗林
でもすべての部署に手抜きをできない厳しさがありそう。
肥土
もの造りというのは、ある工程が90の出来で次に渡してしまうと、その10は次の工程で110やって埋め合わせられるものではないので、最終的に90にしかならない。
全工程で100を積み重ねていくことでしか、最終的に100にすることはできないんです。
栗林
なるほど。そうやって届けられた原酒を伊知郎さんがブレンダーとしてまとめ上げる。
肥土
まあ、そういうことです。
栗林
95点とか95・5点とか。
肥土
実際そうやって点数をつけるんですよ。あと0.5点上げられないかとか。それでも最後は大いなる妥協をしなくちゃならない。95・5点まで上げたからよしって。
最近では96点が最高だったかな。
栗林
その96点のお酒は何に?
肥土
それはお楽しみにしてください(笑)。
でも永遠に100点はないんだろうとも思っています。原酒はどんどん増えて幅が広がるし、熟成を重ねて味も深まっていくわけで、来年は今年を超えるものができなければおかしいんです。
栗林
ということは、秩父蒸溜所はますます進化し、イチローズモルトはますます深化していくしかないじゃないですか。
いやぁ、来年の「ホワイトラベル」がさらに待ち遠しくなっちゃったな。