太陽と火に支えられる、豊かなオフグリッド生活。
じわじわと溜まったコップの水が、とうとう溢れ出すように、6年ほど前、高岡博子さんは「電化製品の音がしない環境で眠りたい」と、冷蔵庫のプラグを抜いた。
「カリフォルニアから帰国後、佐賀市内で始めたレストランは好評でありがたかったけど、忙しくて子供と過ごす時間も取れなかった。ぎゅうぎゅうに詰め込んだ生活を、一度空っぽにしたくなって」
冷蔵庫だけではなくエアコンなどの家電の使用を次々とやめ、物を減らし、車も手放した。そうするうちに「これからは、本当に必要なものだけで、家族との歴史を刻むような暮らしがしたい」と強く思ったのだという。
「そのためには、暮らしと仕事を一緒にしたい。自分たちができることは料理だから、家族にもお客さんにも、体が素直においしいと思えるご飯を作り、のびのびと過ごせる自宅兼宿を持ちたい」
2年かけて土地を探し、建物のベースは建築家が建てたものの、予算が尽きて、途中からはセルフビルド。床も壁も天井の仕上げも自前。それはもう「むちゃくちゃ大変の一言」と盛志郎さん。
完成した自宅兼〈TIMERの宿〉は、土地の傾斜に沿った登り窯のような形をしている。大切にしたのは、オフグリッドで自然エネルギーを気持ち良く取り入れること。敷地内の太陽光パネル3枚で合併浄化槽を動かし、暖房や調理などの熱源はすべて薪。火おこしの手間はかかるし、仕事は山のようにある。
でも盛志郎さんは言う。
「楽ですよ。ここに来て、だいぶ楽になりました。何が楽って、諦めるんです。雨が降ったら、薪の用意は諦める。その分、雨の前には仕事を終わらせよう、とか計画的に動くようになるから、隙間ができて休める。
もう今日はソーラーランタンも消えたけん諦めて寝よか、とか、そういうことができるようになった。無理な時は無理。諦めて、やれることをやる」
その潔さはこの家のすべてに共通していて、ここでの暮らしには、潔く諦めることでしか手に入らない、豊かで贅沢な時間がある。