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東京のミュージアムで写生会を。シャルロット・デュマ×ヤン・バイトリク

TOKYO ART BOOK FAIRのために来日したアーティストのシャルロット・デュマとヤン・バイトリク。奇(く)しくも最新のアートブックが“スケッチ”だった2人と、東京のミュージアムを探訪しながら、写生会を行った。さて、即興作からどんな発見があるのだろう。

photo: Koh Akazawa / text: Momoko Ikeda

海外のミュージアムでは、展示品をスケッチするアーティストを見かけることがある。ここ日本では、写生を許可する美術館が少なく、稀な光景だ。スケッチには、素早く記録するように描いた数本の線が、本質を捉えると言わしめる面白さがある。また、先達の線を考察することも意義深い。その魅力を探るべく、2人のアーティストと写生会を開催した。

山種美術館(東京/恵比寿)

シャルロットも来日時に必ず訪れる日本初の日本画専門の美術館

まず、シャルロットが通う〈山種美術館〉で取材日に開催していた『福田平八郎×琳派』の所蔵作品中心の企画展へ。2人は最初に一点ずつ丁寧に鑑賞し、その後、気になる作品を写生し始めた。特に動きのある動物の描写に惹かれたというヤンは、鳥を中心に。

「よく見ると、ただ印をつけた程度にしか描かれていないところがあるけれど、すべてを描かなくとも本質を捉えることができると気づく。写生をすると、画家の頭の中に入り込む感覚になるんだ。作品の形や線を正確にコピーするのではなく、自分の感性やスタイルで解釈すると、新しいアイデアが生まれたり、自分の作風が少し進歩するのを助けてくれることも」

アーティスト・ヤン・バイトリク
《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》(17世紀)中の俵屋宗達のシカを描くヤン。

一方、シャルロットは俵屋宗達による《狗子図》の仔犬を繰り返し描いていた。

「水墨画ならではの曖昧な輪郭で、制約を感じさせない描き方が魅力的。線ではなく、形を意識した表現ですね。スケッチをすると、自然に作品とともに長い時間を過ごすことになります。ただ見たり写真を撮るのとは全然違う。見るペースを落として作品と深く向き合うことで、細部に気づけます」

写真家、アーティスト・シャルロット・デュマ
鈴木其一の《四季花鳥図》の右隻に描かれたニワトリの家族をスケッチするシャルロット。

インターメディアテク(東京/丸の内)

東京大学の稀少なコレクション、あらゆるジャンルの標本天国

続いて訪れたのは〈インターメディアテク〉。アートからデザインまで幅広く携わり、作風も変化させるヤンにとって、多様なジャンルの標本を擁するこの空間はインスピレーションの宝庫だという。

アーティスト・ヤン・バイトリク
多様な資料を前に「脳を刺激されて新しい発見があるのが楽しい」とヤン。
©intermediatheque

「活動を一つのカテゴリーに限定したくないので、幅広い好奇心と探求心が凝縮されたこの場所は僕にぴったり。スケッチをする時は、その対象がなんであれ、自分自身の物語を作るようにしている。シラミ絵図だとしても、僕なりの解釈で描く。それが後に大規模なプロジェクトに影響することもある。どんなスケッチも、次の創作につながる大切なプロセスなんだ」

動物の剥製に焦点を定めてスケッチをしていたシャルロットにとっては、難易度の高い対象への自分なりのアプローチ方法を見つける機会となったようだ。

写真家、アーティスト シャルロット・デュマ.jpg
ここでも動物に惹かれるシャルロット。色々な角度から、動かない動物の描き方を模索していた。
©intermediatheque

「目から描こうとしたけれど、剥製の人工的な目のスケッチ方法に苦戦しました。でも、失敗をもそのままに、生々しく正直に描くのがスケッチの良さ。洗練された作品よりもずっと人間性が表れることもあるし、共感を呼ぶ。最近、水彩画を再開して、成功も失敗も両方が載った未編集の本のようなスケッチブックも、自分の中で受け止められるようになったばかりなんです」

スケッチを終えるとお互いの作品を評して称え合い、東京のミュージアムを舞台にした秋の写生会はお開きとなった。

アーティスト・ヤン・バイトリク 写真家、アーティスト・シャルロット・デュマ
左/ヤン・バイトリクさん、右/シャルロット・デュマさん。