BTSの歌詞や発言、メンバーの関係から複雑性を学ぶ
前田エマ
現在BTSはグループでの活動をいったん休止し、各メンバーがソロ活動を始めたタイミング。この10年を振り返る意味でも、これからBTSを知る方にとってもいい本だと思いました。
鳥羽和久
彼らのことを知らない方にも広く届くように書籍化では工夫しました。当初の原稿では、もう少し歌詞に関しての哲学的な検証があったんですが、かなり省いてわかりやすくしています。
前田
鳥羽さんはいつ頃からバンタン(BTS)を追っていたんですか?
鳥羽
もともと音楽全般が好きで幅広く聴いていたんですが、BTSにはっきりと照準が定まったのは4年ほど前、塾に来ている小6の子2人がARMYで、メンバーの名前を覚えないと宿題をやらないって言われてしまったんです(笑)。
でも、メンバーの名前と顔が一致すると途端に彼ら一人一人の魅力が心に深く刺さるように入ってくるようになりました。BTSの曲やパフォーマンスももちろん好きなんですが、どこが好きかというと「関係性」に尽きるのかなと。
例えばジンが長男として卓越したバランス感覚でグループを支えていたり、RMがリーダーなのにヌケていたり、シュガはベタベタした関係を好まない「猫的非関係性」を体現していたり……。そうした7人の関係性の一つ一つが非常に絶妙なバランスで成り立っていて、そこに魅力を感じるんです。
前田
まさにそうだと思います。バンタンを見ていると、世間ではマイナスな言葉で扱われてしまうような部分が、実はそこが彼らのとても愛おしく大切にされるべきものであることに気づかせてくれる。彼らの歌やメンバーに対する振る舞いを見ていると、人が他者をどういうふうに受け入れて守っていくか、とても学ぶところが多い。
私はジンさんと同い年なので年上メンバーとは同年代を生きる者としてシンパシーを感じる部分が多いのですが、たとえ年代が違っていたとしても、彼らの複雑性を自分事として写し取ったり、鏡のようにできる部分があると思います。
鳥羽
前田さんは何がきっかけでBTSにハマっていったのでしょうか?
前田
最初は音楽から入って、「ON」と「BLACK SWAN」のパフォーマンスを観たときに、群舞の美しさと表現に対する覚悟に圧倒されました。そこから動画を観たり、歌詞の世界観や歴史を掘ったりしていきました。
決定的だったのは、韓国で1980年に起きた「光州事件」を歌詞に盛り込んでいたことです。メジャーなアイドルがこうした政治的なメッセージを発信する。自分たちが生まれる前の歴史的な出来事に対して声を上げていることに驚き、韓国の歴史や文化についてもっと知りたくなるきっかけになりました。それは、その後に読んだハン・ガンの『少年が来る』にも感じたことです。
韓国の民主化運動では、詩の存在が人々の心の連帯につながっていましたが、BTSの歌は今の時代の詩なんだと私は思います。人々が口ずさみ、若者を、そして社会を動かしていく。
鳥羽
彼らは歌詞にしても言動にしても言葉を重要視しつつ、でも言葉だけを信じているわけではない。そうしたアンビバレントさを常に持ち合わせている。
前田
言葉で名づけてしまうことによって、その側から崩れ落ちていくものがある。曖昧な善とも悪とも言えない人間の複雑性を、彼らの音楽や存在を通して考えるきっかけをくれるんですよね。それは本当に尊いことだと思います。
鳥羽
ですよね。僕は「Mikrokosmos」という曲が好きなんですが、この曲では、私たち一人一人は孤独なんだけどそれぞれに個別の歴史を持った星で、お互いを見ながら軌道を描くと言っています。他人に依存するわけではなく、孤独が人を求め、ほかの人の輝きが自分を輝かせるという。それは彼らとARMYの関係でもあって、「一人だけど独りじゃない」と励まされます。