何時に起きて、誰と会って、何を食べた?
僕のマリ
植本さんの『家族最後の日』を読んで、なんで知らない人の私的な日記がこんなに面白いんだろうと衝撃を受けたんです。それで自分でも日記を書き始めて。
植本一子
私の写真集のサイン会に来てくれたんですよね。名前だけは知っていたので、対面して「こんな人だったんだ!」と驚きました。僕のマリっていい名前ですよね、謎すぎて。
僕マリ
イメージを持たれたくなくて、本名も顔も出さないようにしているんです。想像上の人物でいたいというか、文章だけでなんとなく人となりを思い浮かべてもらえたらと。
素性を明かさないのは卑怯なんじゃないかとたまに思うこともあるんですけどね。
植本
私は顔と名前を明かしているけど、思うことは特にないなあ。いつも書けることしか書いていないし、さらーっと書いちゃう。
僕マリ
日記は何時に起きて何を食べてと書いているうちに出来上がるから、ストレスがなくて楽しいですよね。
植本
そうだね。それから、日記はしんどかったりつらかったりすることを書いて解消できるところがあると思う。
僕マリ
書くことで気持ちにまとまりがつくことがありますね。あと、数年前の日記を読み返すと精神の移り変わりがよくわかる。その年ごとに違うことを言っていたりして、面白いです。
植本
私は思い出すのが嫌なことも書いているから読み返さないけど、本を出した時のことはなんとなく覚えているし、自分の移り変わりに気づくというのはすごくわかる。いつか読める時が来たらいいんでしょうけど、今は読みたいとは思わないですね。
自分の規模を知り、自費出版へ
僕マリ
私は自分のブログで日記を書いていたけど、本にしたのは友人に誘われて、一緒に作ったのがきっかけで。植本さんは、どうして日記本を作り続けているんですか?
植本
お金のためです!昔から自分の手でお金を生み出すことが好きだったんですよ。高校生の時も写真を路上で売っていたし、作って売るのが好きなんです。「何かないかな」といつも考えているんですよね。東京に来てからはZINEカルチャーにも触れて、その感覚の延長線上に今もいる気がします。
僕マリ
コロナ禍になってから自費出版で2冊、日記本を出していますよね。
植本
自費にした理由はコロナが大きくて。最初に出した『個人的な三月 コロナジャーナル』は、緊急事態宣言で大変な本屋さんを救済するために一刻も早く作ろうと思っていました。
それが思いのほか売れたのと、これまで出版社から何冊か本を出して自分の規模がわかった感じがあって、これなら自分でできると思ったところもあります。
ECDが「自分のファンは全国にこれだけいるから、CDを出せばこの枚数は確実に売れる」と話していたのも記憶にあったかもしれない。
僕マリ
私は『常識のない喫茶店』というエッセイが初めての商業出版になるんですけど、商業では編集者の方がすごく守ってくれるのを痛感しました。最初はウェブ連載だったので、筆が走りすぎて説得力を欠いていないか、思いのたけを正確に表現できているか気を配っていただいて。
それがとてもありがたかったです。エッセイの連載は初めてだったのですが、回を重ねるごとに表現の幅が広がったように感じます。
植本
編集さんがいるって心強いよね。自費出版は自分の責任が大きくて、ハイリスクハイリターンだから。このまま商業出版で書いていきたい?
僕マリ
生活のウェイトを書く方に持っていけたら幸せだなと感じているので、これを機に執筆の仕事が増えたらいいなと思っています。
植本
いっぱい書こう!それに商業出版で広めて、規模がわかったら自費出版に戻ってきて自分でやるのも一個の手だから。なんか困ったらいつでも言って!
『常識のない喫茶店』
僕のマリの商業デビュー作。失礼な態度を取る客は容赦なく出禁にしていくなど、店員たちが自分の尊厳を守りながら働く日々をコミカルに描くエッセイ集。柏書房/¥1,540
『個人的な三ヶ月 にぎやかな季節』
「明るいものを作りたい」と制作された日記本。2021年1月から3月の緊急事態宣言下、娘たちとパートナー、友人との日々を綴り、家族や一緒に生きることに思いを巡らせる。自費出版/¥1,760
「書くこと」のすごさに圧倒された一冊
植本さんオススメ
『往復書簡 限界から始まる』
社会学者の上野千鶴子とライターの鈴木涼美が性や母娘について言葉を尽くす。「正直に書くって覚悟がいること。だから読む方も心揺さぶられます」。幻冬舎/¥1,760
僕のマリさんオススメ
『長い一日』
エッセイが小説へ変化していった滝口悠生の最新長編。「とある夫婦の生活、日々の些細なことが丁寧に綴られていて、すべての登場人物を愛おしく感じます」。講談社/¥2,475