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デザイナーの葛西薫が約30年ぶりの個展『葛西薫展 NOSTALGIA』

サントリーのウーロン茶やユナイテッドアローズの広告、多数の書籍、空間やプロダクト等。仕事の幅は広いが、すべてにおいてどことなくユーモアとペーソスのある独特な空気感を醸す、デザイナーの葛西薫。そんな葛西薫が、およそ30年ぶりとなる個展をギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催する。今回は葛西の指名で、セミトランスペアレント・デザインの田中良治が聞き手となり、作品や最近の葛西の考えを語り合った。

Photo: Koichi Tanoue / Text: Keiko Kamijo

テーマ「ノスタルジア」について田中良治と語り合う

葛西薫

今回、なぜ田中さんにお願いしたかったかというと、僕らは世代も違うし畑も違う。田中さんはどちらかというとデジタルの世界、数理的な方向からグラフィックのお仕事をされていますよね。携わっている仕事は全然違います。でも、僕はもともと模型工作少年でもあるし、機械的なことは大好きで、かなり出自としては近いように思うんです。

田中良治

確かに。葛西さんの装丁のお仕事を見ていると、論理的に構築しながら設計されているように思います。

葛西

いやあ、そこまでのものじゃないですよ。田中さんとは、僕がCLロゴを手がけたアンドーギャラリーのウェブサイトを介して知り合ったんですよね。ギャラリーオーナーの安東孝一さんが、僕に何も言わずにウェブサイトを田中さんに発注していたんです。当時、僕は田中さんのことも存じ上げませんでした

田中

そうなんです。ロゴを作ったのは葛西さんだとは聞いていましたが、何も言わずに進めました。

葛西

ある日突然ウェブサイトを見せられたんですが、僕が作ったんじゃないの?と思ってしまうもので。それで嬉しくなってしまったのが、田中さんとの出会いですね。

その後、何度かお話ししていくうちに、お仕事ではウェブの構築をされているけど、古いグラフィックや手作業も好きで、そうしたことに思い入れがあるのもわかりました。僕にとっては、どこか「ノスタルジア」の匂いがしたんです。なので作品の感想などを聞いてみたいなと思ったんです。

同人誌『CDT』の挿画「空飛ぶイカ」。

構造や機械の面白さと身体性

田中

コンピューターが十分に発展すると、もうアナログと変わらなくなるという話もありますよね。ネット上で暴言を吐いた人が現実世界でも怒られたり、決してバーチャルとリアルって分けられない世の中になっています。

葛西

確かに。もともと機械が好きだったのに、最近のテクノロジーの発達ぶりを見ているとどうしたらいいのかわからない。要は、見えすぎたりわかりすぎたり、僕にとっては余計なお世話が多すぎて、知らなくていいことを知らされるというのは、すごく辛いんですよね。4Kや8Kで細部が見られると言われても、細部なんか見たくない。そういう世の中が嫌だという抵抗感があって。

田中

確かに、見えるとはどういうことかを検証しないまま、スペックだけ上げていっているような感じ。数字だけ上がっていく快感に酔いしれているようなところはありますね。

葛西

そう。今回の個展のテーマを「ノスタルジア」という言葉にしたのも、この言葉に含まれる闇の部分、こうなったらいいなとか今は無理だけどいつかはできるかもしれない、という想像の余地でもあり、そういう思いは僕にとっては懐かしい経験でもあるんです。

昔、家の電球が蛍光灯になった時に家族じゅうで喜んだ記憶や、新しい機械を手に入れた時の楽しかったり嬉しかったりする喜びですよね。僕は工作ばかりやっていたので、手じゃできないことを機械がやってくれるというのは画期的なことでした。

でも、今となってはその嬉しさを飛び越えてしまっているような気がしてなりません。田中さんは、その点についてどう思いますか?

田中

進化のスピードはもう止まらないっていうことを前提に、自分で折り合いをつけています。先ほど葛西さんがおっしゃった、見たくないものを見せられるような部分も同じですよね。

葛西

機能と身体性がリンクしていないんじゃないかなと。例えば昔のロボットアニメは、大きなレバーをがしゃんとやると大きな手が動くようなイメージでしたが、今だとクレーン車のような大きな機械を動かす時でも、小さなボタンをポチッとするだけだったりする。

あの感覚ってすごい大事だと思います。「ノスタルジア」という言葉には、そういうことがすべて詰まっているんです。

葛西薫の多層な内面を見る

田中

今回は実際に展示作品を見せてくださるということで、楽しみにしてきたんですけど、これ、いい写真ですね。中国で撮影されたものですか?

葛西

そう。ウーロン茶のCMの撮影で行った中国で撮影したものです。わかりやすくノスタルジアっていう感じでしょ? これは凸版印刷のグラフィックトライアルという仕事で一度カラーで出力をしていたんですが、モノクロのものを見たくなってしまって。大きな一枚もののプリントを展示しようと思っています。

男性が変な格好している写真は、椅子を使わずに相手の膝に乗っているところを撮った。ばかばかしいですよね。

「着席」。4人の男が互いの膝に座る模様を撮影した。

田中

でもこういうパズルみたいな感じ、すごく葛西さんっぽいような気がします。

葛西

からくりというか工夫というか手品のようなことが子供の頃から大好きだったんです。子供の頃は、妙に器用だったので親戚の集まりがあると手品を披露していたくらいで。その気持ちがこういう写真に出ているのかもしれません。

田中

こういうさまざまなアイデアというのは、ノートか何かに書かれているんですか?

葛西

そうですね。小さなノートを持ち歩いていて、ロケや長時間の移動があると手なぐさみというかいたずら書きのようなメモをたくさんしていて、それが30年分溜まっていたんです。

いざ個展をやるぞとなって、自分は何をやりたいんだろうと考えた時にパラパラと振り返ってみまして。そこからいくつかピックアップをして形にしました。だから今回の展覧会はカッコよく一つのコンセプトでまとまっているのではなくて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているんです。

田中

確かに、振り幅が広いというか。でも「NOSTALGIA」というロゴタイプで統一されているように見える。この「ノスタル爺さんとクローバー」もなんともいえない表情ですよね。鼻息がポスターにも使われているメインのグラフィックと同じ形、いいですね(笑)。

「ノスタル爺さんとクローバー」。

葛西

なんだろう。とにかく僕の心には、常にアングラな感じがあるんです。東京に出てきたばかりの1970年代の気分が抜けないんですね。寺山修司とか唐十郎に大興奮したり、『あしたのジョー』や『愛と誠』『同棲時代』などを読んで震えていた時の気分とか。

今回の展示では、普段のルールをすべて外して、自分の心の中にある情念やら雑念やら邪念やら……。言葉にはできない生理的、身体的なものにとことん付き合ってみようと。

田中

葛西さんの作られるものって、すごくクリーンに見えて毒が効いている。予定調和なものに抵抗をしているようなイメージがありました。

葛西

毒も含めて、意味のわからないものを見に来てもらえたらと思います。

「Bookman(pink)」。ブックマンという名の書体がモチーフ。
展覧会告知ポスター原画。
図録『NOSTALGIA Kasai Kaoru』。表紙はコンパスで描いた花の木版画。限定300部。大判で一枚一枚がポスターになる。