語る人:店主・山田英博、千恵
Pigalle Tokyo(三軒茶屋)
5坪のヨーロッパに潜む極小ボトルショップ
縞々のテントに真っ赤な壁、天井を埋め尽くすオーナメント。ぱっと見では何の店かわからないが、クラフトビールの店である。古い長屋の一室、ボトルショップ併設のビアバーは、5坪の極小空間。ショップで扱うビールは多くても60種前後。都内の店では、ミニマムラインだ。
店主の山田英博さんの前職は、パン職人。勤め先のドイツパンの店でドイツのラガーを初めて飲み、心を撃ち抜かれた。パンの道に進むか、それともビールか。答えを、旅に求める。映画や音楽を通じて憧れを抱いたヨーロッパを、一度ゆっくり巡りたいという思いもあった。
「フランスから入り、ベルギー、ドイツへ。国が変わればビールが変わり、隣の町でさえ、違うビールが飲まれている地域もある。ヨーロッパのビールの奥深さを実感しました」
同時に心を捉えたのが、パブやビアバーの文化だった。地元客が自宅のようにくつろぐ店が、一見(いちげん)も旅人も隔てなく受け入れる。ヨーロッパのビールの店を、東京で。心を決めて帰国した山田さんを待っていたのが、妻となる千恵さんとの出会いだ。当時ビアバーで働いていた千恵さんは、同じ映画や音楽を通じ、異国の景色を見て育った同世代。2010年、2人で9席のビアバーを開いた。
ボトルショップを併設したのは、その4年後。東京のあちこちで、「クラフトビール」という言葉が聞かれるようになったのと、ちょうど同じ時期だ。いい形になりつつあった店の席を潰して改装するのには迷いもあったが、今がそのときと決断。
「開業時、売るのに苦労した泡のないエールや酸味のあるベルギービールが、定着しつつあった頃。人気を、ブームで終わらせたくなかった」
冷蔵ケースには、タイプ別ではなく、造り手別にボトルを並べる。「あえて少しわかりにくく。会話をしたうえで、買っていただきたいから」とは、千恵さん。ショップとて、スタンスは酒場なのだ。バーで提供するドラフト同様、開業時から10年来扱うビールも多いが「最近、少し造りが変わって」とか「古いビールが復刻して」とかいう一言が出てくるのは、年に1度の、生産者訪問を続けているから。伝統も最先端も揃う店に醸造家らビールのプロも集う。
「ヨーロッパの造り手たちは、いい意味でアメリカと影響関係にある。年配の醸造家が、アメリカの新しいビールを楽しむ姿は、とても微笑ましい。デンマークをはじめ北欧諸国の新興の造り手も勢いがある。ビールが、どんどん面白くなるんです」
ヨーロッパへの憧れはそのままに、東京でしかできない、ビールの新たな景色を作っている。