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放送作家・矢野了平の物持ちが良すぎる変わらない本棚と、クイズ道を極めた本たち

放送作家であり、クイズ作家として知られる矢野了平さん。8歳でクイズの虜(とりこ)になり、やがて回答者から制作者に回った。40年にわたる偏愛の歴史を物語る本棚を見ていると、少年時代から消えない情熱に、憧れてしまう。

photo: Masanori Kaneshita / text: Kazuaki Asato

少年時代と今を繋ぐ本棚

「頭の中は、8割がクイズ、残り2割は食べ物です」と、矢野了平さんは笑う。数々のクイズ番組を担当し、現在の「謎解きブーム」の火つけ役の一人とも言える矢野さんの書斎は、さぞかしユニークなのだろうと妄想が膨らむ。部屋の廊下から続く細い階段を上りきると、目の前にはドア。ワクワクしながら扉を開けると飛び込んでくるのは、6畳ほどのこぢんまりとした空間と、その壁にずらりと並ぶ本だ。

「コロナ禍にリモートワークの必要に迫られたタイミングで、ロフトのように独立した小部屋のあるこの物件を見つけました。不思議な造りですよね。結婚後初めての自室ですが、仕事部屋なので遊びの要素はないですね(笑)」

造り付けのL字形の本棚と手前に連なる机。シンプルな部屋に少々拍子抜けするが、その書棚をつぶさに見てみると、矢野さんの脳内マップを再現したかのようで目が離せなくなる。

「頭の中は8割がクイズ」と話す通り、クイズの本が大半を占めている。そして、ところどころに料理本が。一つの仕事=クイズと、一つの趣味=料理だけとも言える部屋。「前々回の引っ越しで蔵書は厳選した」そうで、かなりストイックなラインナップだ。まずは仕事にまつわる本を見せてもらう。クイズの問題集や解説書、番組の関連本が揃う。この書棚にあたれば、日本クイズ史が一望できそうだ。

「小学生の頃から集めてきたクイズ本を大事に取ってあります。生まれて初めて買ったのは、『アメリカ横断ウルトラクイズ2』。小学2年生でした。『頭の体操』と『クイズは創造力』はバイブルです。ファイリングしてあるのは『アップダウンクイズ』や『クイズグランプリ』といった昭和30年代〜50年代に放送された番組の関連書籍のコピーです。大学生の頃は誰も持っていないレアな本だったので、仲間と手分けして国会図書館でコピーしてまとめました。

今は現物も手元にあるけど、このファイルは思い出だから捨てられないんです。クイズ番組をアーカイブしたハードディスクもありますね。クイズ番組は映像ソフトにならないことが多いので、一般挑戦者として出演した知り合いたちが録画したものを収集したりして保存してあります」

『頭の体操 第1集』多湖輝/著
『頭の体操 第1集』多湖輝/著
1966年、心理学者の著者が発表したパズル本。シリーズ全23集の累計は約1,200万部。「中学の地理の先生が授業中にこの本の問題をアレンジして出題してくれた時に正解できたんですよ。そこでハマって、高校時代に集めるようになって。今は全巻揃ってます」。現行版は光文社知恵の森文庫/545円。

まさに人生をかけて集めてきたクイズの資料たち。「大学生の僕が一人暮らししていた部屋を知っている友達がこの本棚を見たら“矢野は相変わらずだなぁ”って笑うでしょうね」と語るほど、首尾一貫している。しかし、貴重なコレクションとはいえ、現在の仕事に役立つのだろうか?

「ときどき読み返しますよ。問題を作りながら、事実確認として紐解くんです。みなさんもご存じだと思いますが、雑学本ってちょっと盛って書かれていることもあって(笑)。その点、番組のクイズ本に掲載された問題はテレビに出すため一度、ファクトチェックが済んでいる。だからある程度、安心して参照できます」

そしてやはり気になるのが食にまつわる本だ。本棚のところどころに、レシピ本や食にまつわるエッセイの背表紙が顔を覗かせる。

「父親が板前なこともあって、中学生の頃からよく料理をしてたんです。高校時代にちょうど『料理の鉄人』が始まって、めちゃくちゃハマりましたね。中学1年生のときに買ったレシピ本は食材の情報も豊富で、今でもたまに使うから、ボロボロです」

『食い意地クン』久住昌之/著
『食い意地クン』久住昌之/著
『孤独のグルメ』原作者である著者が、身近にあって愛してやまない26品の食事について綴ったエッセイ集。「たまにゆっくり本を読みたくなるんですが、この本はヘビーローテーション。お風呂でよく読んでますね。大学時代、しこたま飲んだ朝に先輩がゆでてくれたそうめんの話とか、なにげないのに食欲をそそられます」。新潮文庫/506円。

食エッセイにハマったのは、学級文庫がきっかけだった。

「中学2年生のときの担任だった新井先生が教室の後ろの本棚に東海林さだおの『ショージ君の「料理大好き!」』を置いてて、読んでみたらめちゃくちゃ面白かった。そうしたら、新井先生がくれたんですよ。学級だよりに、“大宮駅近くの立ち食い蕎麦屋は天玉蕎麦が旨い”みたいなことを書く、面白い人でした」

『ショージ君の「料理大好き!」』東海林さだお/著
『ショージ君の「料理大好き!」』東海林さだお/著
漫画家・エッセイストである東海林さだおが「凝らない」「手間をかけない」「さしたる技術を必要としない」「様式にこだわらない」に基づいた「四ないの法則」で“男の料理”を、イラスト付きで紹介していく料理エッセイ集。「中学生のとき、これを読んで炒飯を作ったりしました」。現行版は文春文庫/737円。

矢野さんは記憶力も、物持ちも、良い。年季の入ったクイズ本には小学生の頃の書き込みが残っているし、昔の図鑑はガムテープで補強された痕がある。先生からもらった文庫本も大切に取ってある。クイズと食に魅入られた矢野少年と、現在の放送作家・矢野了平は、この本棚で繫がっている。