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思い出の本棚と、あの1冊。翻訳家、エッセイスト・村井理子

幼き日に読書の扉を開いてくれた家族の蔵書に、憧れの書店や旅先で偶然出くわした書棚まで。今の自分を形作った、忘れることのできない本棚の記憶と、そこに並んでいたある1冊について、翻訳家、エッセイスト・村井理子さんがエッセイをしたためた。

本記事は、BRUTUS「理想の本棚。」(2024年12月2日発売)から特別公開中。詳しくはこちら

illustration: Akiko Maegawa / edit: Emi Fukushima

親子三代を虜(とりこ)にした、書棚の中の椎名誠

母も、祖母も熱心な読書家だった。家事や仕事の合間に、二人は居間で仲良く本を読んでいた。母が買い、読んだ本は祖母に手渡され、祖母が読んだあとは、居間の大きな書棚の中にしまい込まれた。それを適当に読んでいたのが幼き頃の私だった。

母や祖母から薦められた1冊、あるいは書棚の1冊を適当に選んで読んでいた、ある意味受け身な読者だった私が、自ら選んだ本を読み始めたのは小学校の高学年になった頃。きっかけは、椎名誠の『わしらは怪しい探険隊』を見つけて購入したことだった。夢中になって読んだ。自分の父親ぐらいの年齢のあやしい探険隊が、離島に行き、魚を捕り、グビグビと冷えたビールを飲む。なんとも豪快だったし、「おじさんたち、かっこいい!」と憧れた。そこから私の椎名誠追っかけ人生が始まったのである。

足繁く書店に通い、新刊を見つけたら飛びつくようにして購入し、走って家に戻り、一心不乱に読んだ。読めば読むほどお腹が空いた。ビールがどんな味がするのかわからないけれど、椎名誠とあやしい探険隊がそれほどうまいと言うのなら、きっと素晴らしい味がするのだろうと思って、胸が躍った。探険隊が作る鉄板焼きが食べてみたくてたまらなかった。大きくなったら離島に仲間と探険に行き、夜はビールを飲みながら鉄板焼きを食べるのだと固く心に誓った。しかし、私よりもあやしい探険隊に夢中になってしまった人がいた。なんと、祖母だった。

私が読み終えた『わしらは怪しい探険隊』を興味本位で読んだ祖母は、当然のように夢中になった。私に数千円を持たせ、「この作家の本、全部買ってきて!」と私に言った。私は祖母から与えられた数千円を握りしめて書店へと急ぎ、『さらば国分寺書店のオババ』など数冊を手に入れ、今か今かと待ち構えている祖母の元へ大急ぎで戻ったのだった。

祖母と私が夢中になった作家に、母が興味を持ち始めるまで、そう長い時間はかからなかった。そのうち、居間の書棚には椎名さんの本と、彼の文章が掲載された雑誌がずらりと並ぶようになった。母も「椎名さん、すてき!」と、なんだか目をキラキラさせて読んでいた。このようにして、母、祖母、私の推し作家への熱狂は始まり、そしてなんと、私が大学を卒業する年齢になっても続いたのである。

祖母は時折、私の住むアパートに電話してきては、「椎名さんの新しい本ってないの?」と聞いてきた。その頃までには、より広いジャンルの読書を楽しむようになっていた私だったけれど、書店に行き、新刊を見つけては、他のおすすめの本と一緒に祖母に送り続けた。祖母は私から本を受け取るとすぐに読み、必ず感想を手紙に書いて送ってくれた。

祖母も母も亡くなった今、あの熱狂的な気持ちが懐かしい。そして私は未だに椎名さんのファンだ。あやしい探険隊のメンバーであり、エッセイストで文芸評論家の目黒考二氏に拙著の書評を書いて頂いたときには、感激で涙が出そうになった。探険隊のメンバーに褒めてもらえた!ファンとして、大変な名誉だ。読み続けて良かった。しみじみと、そう思ったできごとだった。

家族が集まる居間のような和室に置かれた本棚と、『わしらは怪しい探険隊』椎名誠/著
本棚が置かれていたのは家族が集まる居間のような和室。週末には近所の大人がやってきて酒盛りする賑やかな空間だったそう。
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