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美術家・ミヤギフトシの、絶対に捨てられない1冊。オウィディウス『変身物語』

ずっと本棚に並べておいて、時折開きたくなる本がある。幼き日に世界を広げてくれた児童書に、不思議な縁で結ばれた小説、自分の指針となった哲学書。美術家・ミヤギフトシさんの、どうしても手放せない1冊とは。

illustration: Fukiko Tamura / edit: Emi Fukushima

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神話の中の関係性が現代を捉える助けに

タムラフキコ イラスト
『変身物語』オウィディウス/著、中村善也/訳
古代ローマの詩人である著者が「変身」をモチーフにした神話形態のラテン文学。「ナルキッソスとエコー」をはじめ大小200編以上を収録。中世文学やグリム童話にも影響を与えた。上下巻。岩波文庫/1012円〜。

ここ数年、制作に行き詰まった時など、オウィディウスの『変身物語』を手に取ることが多い。その名の通りギリシャ・ローマ神話における「変身」をテーマにまとめられた長大な叙事詩だ。とはいえ個々の物語は短いので、ぱらぱらとめくりながらはっとした気づきを得られることも多い。

神々の怒りを買い、奔放さに巻き込まれて、あるいはとばっちりや勘違いから、動物や星、植物などに変身させられた数多くの存在たちの物語。それらは、ロールプレイングゲームを遊んで育った私にとって、どちらかといえば身近なものでもある。そしてその「身近さ」は、意外なところから立ち現れる。

たとえばアクタイオンの物語で、彼は女神ディアナの水浴を誤って目撃してしまい女神の怒りを買い鹿に変身させられる。アクタイオンは洞窟に逃げ込み、水たまりに映る自分の姿に驚き嘆く。自分の王宮に帰るべきか、森に隠れているべきか。

しかし、「恥ずかしさが前者を、恐ろしさが後者を、妨げる」。涙が伝う頬も借り物のようで、だけど心だけは昔のまま。彼の行く末はここには書かないけれど、神との不幸かつ偶然の対峙によって自らのマイノリティ性を晒された者としてアクタイオンを想像してみると、居た堪(たま)れなくなる(ディアナの受けた苦痛についても忘れずにいたい)。

ここに収められた関係性がもたらす悲しみや憎しみ、あるいはおかしみのようなものは、現代にも通じるものが多い。だからこそ最近はこう考えることも多い。神々がいなくなった今、彼らが元に戻ったらこの世界をどう生きるだろう?

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