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劇作家・前川知大の、絶対に捨てられない1冊。帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ答えの出ない事態に耐える力』

ずっと本棚に並べておいて、時折開きたくなる本がある。幼き日に世界を広げてくれた児童書に、不思議な縁で結ばれた小説、自分の指針となった哲学書。劇作家・前川知大さんの、どうしても手放せない1冊とは。

illustration: Fukiko Tamura / edit: Emi Fukushima

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ケアの現場の合言葉は演劇を作る心構えにも

タムラフキコ イラスト
『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』帚木蓬生/著
容易に答えの出ない事態に耐え得る能力=ネガティブ・ケイパビリティの重要性を説いた一冊。著者は、40年にわたり臨床に携わる精神科医。せっかちに答えを追い求める現代人に示唆を与える。
朝日選書/1430円。

どうにも答えの出ない、対処しようのない事態に耐える能力。性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力。ネガティブ・ケイパビリティとは、そのような能力のことを指します。

現代は、なるべく早く問題を見つけ、すみやかに解決を図ろうする、いわばネガティブ・ケイパビリティの逆のポジティブ・ケイパビリティです。でも実際は答えも解決も見つからないことは少なくなく、特に終末期医療や精神医療、ケアの現場などでは、答えの出ない状態におかれた患者に寄り添うことが重要になります。効率的ですみやかな解決は、多くのことを切り捨ててしまうことがあるからです。

僕は演劇の創作現場、稽古場ではまずこの言葉を紹介するようにしています。創作でも、この能力はとても重要だと思うからです。演出家の仕事は決めることです。ビジョンを提示し、演技の質、役者の動き、美術や衣装、照明、決めることだらけです。

俳優もスタッフも、できれば早く決めてもらいたい。でも僕はまず最初にこの言葉を紹介して、「そう簡単には決めないよ」と言うわけです。決めたとしても、考え続けることをやめないために。

演劇のようなライブの芸術は、決まったことをやるだけになると、ゆっくりと確実に生命力を失っていきます。これが正解、ここで完成、にせず常にもっと良いものへと進んでいる状態で、稽古と本番を駆け抜けたい。そのための心構えとして、この言葉を。

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