ケアの現場の合言葉は演劇を作る心構えにも
どうにも答えの出ない、対処しようのない事態に耐える能力。性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力。ネガティブ・ケイパビリティとは、そのような能力のことを指します。
現代は、なるべく早く問題を見つけ、すみやかに解決を図ろうする、いわばネガティブ・ケイパビリティの逆のポジティブ・ケイパビリティです。でも実際は答えも解決も見つからないことは少なくなく、特に終末期医療や精神医療、ケアの現場などでは、答えの出ない状態におかれた患者に寄り添うことが重要になります。効率的ですみやかな解決は、多くのことを切り捨ててしまうことがあるからです。
僕は演劇の創作現場、稽古場ではまずこの言葉を紹介するようにしています。創作でも、この能力はとても重要だと思うからです。演出家の仕事は決めることです。ビジョンを提示し、演技の質、役者の動き、美術や衣装、照明、決めることだらけです。
俳優もスタッフも、できれば早く決めてもらいたい。でも僕はまず最初にこの言葉を紹介して、「そう簡単には決めないよ」と言うわけです。決めたとしても、考え続けることをやめないために。
演劇のようなライブの芸術は、決まったことをやるだけになると、ゆっくりと確実に生命力を失っていきます。これが正解、ここで完成、にせず常にもっと良いものへと進んでいる状態で、稽古と本番を駆け抜けたい。そのための心構えとして、この言葉を。